第4章

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「結局、不倫してたのは対象者じゃなくて依頼主の方だったってことですよね?」  泣き出してしまった山本さんが落ち着くまで待って、無事に帰したあと、俺は使われたグラスを片付け始めた。椹木さんは「そういうこったな」と答える。 「椹木さんは最初から気付いてたんですか?」 「んー? まあ確定事項ではなかったけど十中八九な。嫁側が浮気してるからって旦那もしてるかどうかまではわからなかったが」 「でもどうしてわかったんですか……奥さんがしてるって」  俺のもっともな問いに、椹木さんは特にもったいつけることなく教えてくれる。 「スマホだよ。最初ここに来た時、奥さんが二台持ってたの見たろ」 「……そういえば」 「二台目スマホは浮気の定番アイテムなんだよ。仕事で使うならわからなくもねえけど、奥さんは専業主婦だ。違和感ありすぎだろ。しかもまったく同じカバーだったしなあ」  疑わない方がおかしいという椹木さんの言葉に、俺はなるほど、と頷いた。 「でも、こんなこと……あるんですね」  山本さんは、どんな気持ちで依頼をしたんだろうか。自分がすでに過ちを犯している状態で相手の不貞を疑う。複雑で、部外者の俺ですらモヤモヤと重い気分になってしまう。 自分の間違いと相手の気持ちに気づいた彼女は、これからどんな道を歩むのだろう。 『間違ってたって気づいたなら、次は間違わないようにすりゃあいい。そしたら過ちだってきっと立派な成長の糧になって、これからっつーのはいくらでも広がる』  依頼人と探偵という枠を超えた、上辺だけでない感情のこもった激励。それが響いたからこそ、山本さんは感極まって泣き出し、最後には旦那さんにすべてを打ち明けた上で話し合ってみるとまで言ったのだ。  ……あの時、椹木さんに諭されて自分の行いに気付いた俺と同じように。  この人は誰に対しても同じように優しいのだと、何も自分だけが特別ではなかったのだということを目の当たりにすると、少し……胸の中にモヤモヤしたものが広がる。そして、椹木秋介という男のことがちょっと……いや、かなり気になった。どうして、俺を含め他人にあそこまで親身になれるのか。何を見て、何を思って、この仕事を続けているんだろう。今までは気になっても流せていたようなそれらが、急激に膨らんでいくのを感じていた。
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