第4章

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「二人はやり直すことができるんでしょうか」  あの旦那さんなら彼女の過ちを赦せそうだと思ったし、彼女だって旦那さんが嫌いになったから不貞行為に及んだわけではない気がしていた。 「難しい問題だわな。好きだけじゃ成り立たないこともあるだろう」  椹木さんは煙草に火をつけて深く吸い込むと、それをゆっくりと吐き出した。……まただ。遠くを見るような表情。男を見つめていると、焦燥感が押し寄せてくる。 「それは……経験からの言葉ですか?」  訊ねるかどうか迷って……俺がその質問を口にすると、椹木さんは虚をつかれたような顔をした。煙草の灰を灰皿に落としてからビールが入ったグラスを傾けたあと、「やっぱり変わったな」と呟いた。 「なんだ、俺のことが気になって仕方ねえか?」  椹木さんはいつものからかいモード全開の表情を浮かべ、俺を覗き込むように少し身を乗り出す。  いつもなら。「そんなわけないだろ、自意識過剰じゃないですか?」と反発して、この話はおしまいになるだろう。だけど、そうしてしまいたくない自分がいることに、俺はもう気づいている。 (その、あれだから……いつも俺ばっかり喋らされてて不公平だから知りたいだけだし)  自分に対しての意味をなさない言い訳を脳内でしながら、俺は小声で答えた。 「……気になる」  すると椹木さんはさっきより驚いた顔を見せて、そして苦笑した。 「……ほんとは深見の方が大人なのかもしれねえな」 「いつも散々ガキ扱いするくせに、なに言ってるんですか」  らしくない椹木さんの言葉が落ち着かなくて、わざと素っ気なく返した。 「ガキねぇ……いっそガキポジションのままいてくれりゃあよかった気がするわ」 「……え」  その言葉の意味を考えているうちに、椹木さんは店員を呼んでビールのおかわりと追加の注文をし始める。  俺は結局話をそらされてしまったことに気づいて、少し落ち込んだ。
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