第4章

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 本当だったら居酒屋からそのまま駅に向かって帰宅するはずだった。だけど落ち込む気持ちに蓋をするように無意識に杯を重ねていたら、思いのほか酔ってしまった。 「ちょっと、平気だって……」 「どこかだよ。足元フラフラじゃねえか」  店を出て、そのまま駅に向かおうとしたら椹木さんに腕を掴まれた。足元が覚束ないのは自分でもわかったが、その手に支えられるのは落ち着かないし、正直、結局訊きたかったことをはぐらされてしまったことがまだ尾を引いている。 「危なっかしいから掴まれ。そんで今日は事務所泊まってけって」 「別に一人で歩けるし……ちゃんと帰れる」  椹木さんの手を拒むように腕を振って、そのまま歩き出した直後……。 「ゥ……ぶッ!」  電信柱に激突して、その反動でアスファルトの上に尻餅をついた。痛みと恥ずかしさで涙が滲む。 「バカ……だから言ったろ。……ほら」  椹木さんはそう言って、尾行調査帰りの時みたいに俺に背を向けて屈んだ。 「いい……いらない」 「十秒以内にのらないと、強制お姫様抱っこな」 「っ、なにそれ!」 「じゅう~、きゅう~……」  勝手にカウントダウンを始めた椹木さんに急かされて、俺はラスト二秒で渋々その背にのった。 「よっこらせ、っと」  間抜けな調子で言いながら俺を背負って立ち上がると、椹木さんはゆっくりと歩き始める。 「ったく、こんな状態で帰せるか。お前可愛いんだから、一人で歩いてたら変な男にどっか連れ込まれちまうぞ」 「……っ、かわ……」  予想外の言葉が聞こえて思い切り動揺してしまう。顔が見えない状態でよかったと思った。……頼むから後ろを振り返ってくれるなと念を送る。きっと顔が赤くなっているはずだ。 「そんなの……あるわけないだろ。女装してるならまだしも……」  女装して一人で歩いた時は確かに声を掛けられてパニくりかけたけど、今の俺はいつも通り……Tシャツとジーンズの冴えない格好をした、どこからどう見てもただの陰キャだ。  反論する俺に、椹木さんはなぜか苦笑をこぼすだけだった。
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