第4章

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 ふわりと心地のよい浮遊感。鼻先に触れるシャツからは微かに汗のニオイがするのに、不思議と不快には思わなかった。  商店街のアーケードに差し掛かる頃、椹木さんは「あー、重い」と呟いて俺を背負いなおす。 「……だから、下りるって」  そう言ったのに、足を止めようとはしない。 「……人一人背負うのは重いししんどい。だけどあったかいんだよな」  何気なく発せられた一言。だけど取りこぼしてはいけない響きがあって、表面上の意味だけではない何かを確かに感じたのに……。 「今夏だし、あったかいっていうよりは暑いと思いますけど」  それなのに、俺は気付かないふりをして、ひねくれた受け答えをしてしまう。 「はは、まあな」  俺の嫌味に笑う椹木さんに……瞬時に後悔の気持ちが胸に満ちた。  俺は多分、この人を知りたいと思っているくせに、そうだと知られるのが怖いんだ。意を決して踏み込んで、肩すかしをくらったさっきみたいに、失意を味わうのが怖い。  それでも、ちゃんと椹木さんの言葉を正面から受け止めていれば、俺の知らないこの人を知ることができたかもしれないのに。  そして同時に、へそを曲げたような態度も鷹揚に受け流してくれる椹木さんに、自分の未熟さを痛感して、決して縮まらない年齢と経験の差がなんだか悔しくて……泣きそうになった。 (ああ、そうか……俺はこの人に近づきたいと思ってるのか……)  こぼれなかった涙の代わりに、ふっと素直な感情があふれた。  これ以上余計な何かを言ってしまうより先に、俺は控えめに椹木さんの肩に置いていた手を、首に回してぎゅっと力を込める。 「深見……」  男の広い背中と、俺の平らな胸が少しの隙間もないくらいに密着する。緊張して鳴りまくる鼓動まで伝わってしまっているのだろうか。そう思うと今すぐ飛びのきたいと思うけど、込み上げる羞恥や恐怖やらに、きつく目を閉じて耐えた。
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