第4章

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「大きい事務所は食いっぱぐれることはねえし休みもきっちり取れるけど、役割が決まってるからな。もっと人と関わりたいと思ったんだよ」  大人で、いつもは飄々としている男が、今はどこか頼りなさげに思えた。人情味にあふれていて、大勢の人間が彼を頼ってくるのに、今の椹木さんは――。 「寂しかったから?」  ……孤独に感じる。俺の言葉に驚いたように椹木さんが足を止めた。 「そうか……そうだな。深見の言う通りなのかもしれねえ。人の心配ばっかしてりゃ、ぐだぐだと自分のこと考えなくて済むしな」  俺はそれに何も答えられなかった。人生経験の少ない自分には、何を言えば正解なのか……どう言えば椹木さんが安心してくれるのかがわからなくて。自分の無力や、ちっぽけさに腹が立った。 「一人でいんのはある意味楽だよな。でも、やっぱり一人は寂しいんだ」 「……っ」  椹木さんの言葉が、胸の中の弱くてもろい部分を刺す。 俺は今までずっと、その部分に気付かない振りをして、ごまかして生きてきた。だって情けないし、みっともないから。だけど今はなぜか素直にそれを認められた。それどころか少し嬉しかった。……きっと、この人と同じ気持ちを抱えていることがそう思わせる。  気の利いた言葉も掛けられないどころか、自分が泣かないように堪えるので精一杯の俺は、ただ男にしがみつく腕を強くした。  そこから椹木さんは黙って歩いたけど、事務所が見えてきたところで一言だけ喋った。 「……ありがとうな、深見」  嬉しいと感じる自分が悔しくて……でも、本当に嬉しかった。でもやっぱり何も言えなくて、一人胸の中を熱くさせるだけだった。  部屋につくと水を一杯もらって、寝床にソファを提供してもらった。 「腹出して寝るなよ」  いつもの調子で言われて差し出されたタオルケットからは、嗅ぎなれたタバコのニオイがして……俺はその夜なかなか寝付けなかった。
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