第5章

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(いやいやいや、そこは関係ないだろ!)  光速でセルフツッコミを入れるが、数秒後に溜息が漏れる。抗うのはよせよ、深見渉。もう一人の自分が懐柔するかのようにポンと肩を叩く。  ……でも、そうだ、そうなんだ。俺はアイカさんと椹木さんが接触するのを、見ていたくない。俺の関われない場所で、椹木さんが誰かに優しくすることが、親しくすることが、不愉快で堪らない。想像しただけで胃がムカムカして、胸がぐちゃぐちゃで、どうすればいいのかわからなくなる。 「あー、ないないないない……」  自分に言い聞かせるようにブツブツとくり返して、頭を抱えて唸った。  確かに俺は、椹木さんを知りたいと思うし、近づきたいと思う。だからといってそういう……いわゆるライクではなくラブかとなると、自分の感情であろうが簡単には受け入れられない。だってラブという意味合いで好意を抱いているのだとしたら、俺はあの人と抱き合いたいとかキスしたいとかそういう……。 「……うぐっ」  思わず先日のあれこれを思い出して呻いた。  低く抑えた声。少しかさついた指先。乾いた唇と濡れた舌。腰を抱き寄せる腕……厚い胸板。知らない男の一面に、恐れと、くらりと眩暈のするような色香を感じた。今でもしっかり思えているそれらを思い返すと、身体が熱くなる事実に……軽く死にたい。  どう考えても二十一の大学生男子が三十八のおっさんに抱く感情ではない。色んな単語が頭をぐるぐるする。『痛い』、『不毛』、『ありえない』。 「ダメだ……考えるのやめよう」  精神的ダメージに耐えられそうになく、俺はとりあえず逃避することにした。気分転換にコーヒーでも飲もうと、席を立つ。  しかしその時、思いもよらなすぎる出来事が俺を襲った。
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