第5章

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「っ!!」  突如激しい衝突音と共に部屋の中にガラス片が散らばる。部屋に何かの塊が飛び込んできた。咄嗟に何が起きたのかわからなくて、息を詰めて硬直する。バクバクと心臓が早鐘を打ち、脂汗がどっと吹き出して、一気に指先が冷えた。床に散らばるガラスの破片は、入口の扉の上部に嵌め込まれていたすりガラスだ。そして少し向こう、簡易キッチンの近くに転がっている赤い物体は……消化器だった。おそらくは事務所の入口前に設置されていたものだろう。その時、ガラスが割れた扉越しに、人の気配を感じた。  誰かが、いる。消化器が何かの拍子に飛んでくることなどありえない。誰かが……扉の向こうにいる人間が故意に投げ入れたのだ。そう思った瞬間、人影が階下へ向かって駆けていく。俺はその場に立ち尽くしていた。動けなかった。頭も身体も動かない。  するとすぐに誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえた。 「おい、どうかしたか? すごい音したけど」  しゃがれた声が響く。 「うわっ、なんだこれ。客とトラブルか?」  割れたガラス窓越しに相手と目が合って、俺はようやく正気づいた。一瞬、投げ込んだ犯人かと構えてしまったが、その正体は二階にある雀荘の店主だった。 「あのっ、大丈夫です。お騒がせして、すみません」  慌てて入口に近付いて頭を下げた。店主は腑に落ちない顔をしていたが、やがて下へ戻っていった。  少しだけ冷静になった頭で、惨状をもう一度確認する。立ち上がるタイミングがあと少し早ければ、自分に直撃していたかもしれないと思うとゾッとした。俺はガラスをよけつつデスクに戻り、スマホを手に取った。 「もしもし……椹木さん?」  事情を説明すると男は「すぐに帰る」と言って電話を切った。  椹木さんの声を聞いたら少し落ち着いた。だけど、この有様を片付けてもいいのか、椹木さんの判断で警察を呼ぶことになった場合に残しておいた方がいいのかと悩んで、結局何もせずに待った。デスク周りも、応接ソファの周辺にもガラスが飛んでいて、俺は飼い主の帰りを待つ犬のように、主の部屋の前で膝を抱えた。
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