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俺が落ち着いたあとも椹木さんは優しいというか甘かった。手を切ったら危ないからと、ガラスの撤去を手伝わせてもらえなかった。手持ち無沙汰になって、とりあえず扉のガラス部分を塞ぐダンボールを一階の携帯ショップにもらいに行こうとすれば、「俺が行くからお前はここで待ってろ」と止められた。あまりの過保護っぷりにむず痒いような嬉しいような気分になった。
そして、犯人の目星はすぐについた。そもそも、相手も端からそれを隠す気はないようだった。
事務所入口前にくしゃくしゃに丸めたA4サイズの紙が捨てられていた。そこにはマジックで『アイカと別れろ』と記してあった。
「まあ間違いなく森下だろうな。カムフラ作戦で怯んでくれたかと思ったけど、逆にプッツンきちまったみたいだな」
「でも、どうしてこの場所が? 椹木さんのあとを尾けてたとか?」
「いや、それはない。尾けられてたらわかる」
「じゃあどうして……」
「おそらくアイカちゃんだな。彼女が来所したあの日に尾行されてたんだろ」
「でも、それじゃあどうして『別れろ』なんですか? 椹木さんの正体が探偵だってわかってるなら偽装だって気付きそうな気がするけど……」
素朴な疑問を口にすると、椹木さんは感心したような表情を見せた。
「お前やっぱ、いい着眼点してるよな。難事件も解決できそうだな、名探偵」
前回同様からかわれているのだろうが、椹木さんに褒められるといい気になってしまう自分は単純だと思う。
「そうだな……森下がそんなことも察せられないくらい盲目になってるか、単に頭が回らないのか、それとも……」
椹木さんはそこで言葉を切った。少し怒っているようにも見える表情。
「深見、今日はもう家に帰れ。精神的に参ってるだろうし、こんな状況じゃ仕事もくそもねえからな」
「……別に、平気だけど」
そんな俺の言葉も、椹木さんは聞き入れてくれなくて、俺は結局早々に帰宅することとなった。
……そして、翌日。思いがけない言葉を椹木さんから告げられてしまうのだ。
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