第5章

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 昨晩、早めに帰宅させられ、やることがなかったのでホームページ作成について詳しく調べた。やはり複雑なものでなければ俺に簡単に作れそうだった。サイトを立ち上げ、フォームを置いてメールでも相談を受け付けてみてもいいかもしれない。メールの方が気軽に問い合わせできるという人もいるだろうし、きっと依頼数は増えるだろう。  そんなことをアレコレ考えて、翌日に出勤してさっそく椹木さんに提案しようとした矢先に、ソレは告げられた。 「……え?」  椹木さんの言葉は確かに聞こえていた。だけどあまりに予想外の内容に訊き返さずにはいられなかった。 「もう、ここへは来なくていい」  椹木さんはさっきと同じ言葉を重ねた。普段のおどけた表情はどこにもない。真剣な顔だった。 「何だよ、それ……」  声が掠れた。頭が真っ白だった。 「昨日のことがあって、俺も考えたんだ。もう潮時なんじゃないかってな」  潮時。まるで別れ話みたいな単語だ。 「椹木さんは勝手すぎだ。俺を強引に雇って、急にそんなこと言い出すとか……」 「ああ、そうだな。その通りだ。だからもう解放してやるよ」  言葉が出てこない。心臓が……胃が、痛い。 「ここにいたらまた危ない目に遭うことになる。お前に何かあったら俺は……」  椹木さんがじっと俺を見つめた。 「責任を取ってやることができない」  バシャっと。巨大なバケツに入った冷水をぶっかけられる光景が頭の中に浮かんだ。 「そんなの、頼んでないし」  虚勢を張って、正面から男を睨むように見返した。椹木さんは苦笑を浮かべる。少しだけ、見慣れた顔になった。 「お前を無理やりウチに引き込んだのは、ただのお節介だ。こいつはちょっと世界を広げてやれば生きやすくなるだろうって」  この人が俺を雇ったのは、別に俺が必要だったからじゃないことくらい、ほんとは最初からわかっていた。俺がどうしようもなくて、目に余るほどに痛くて、救いようのないほど愚かだから放っておけなかったのだろう。だけどそれを椹木さんに直接言われるのは、思いのほか……傷つく。
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