第5章

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 何ヶ月か前。生まれて初めて誰かに近づきたいと思って、だけど愚かな自分はやり方を間違えてしまった。それが間違いだと気づかせてくれたのも、それをただの過ちではなく、成長の糧に変えるチャンスをくれたのも椹木さんだった。  俺がストーカー行為を働いていた彼女には、事務所に勤めだしてからすぐに謝罪の手紙を書いた。きっと自分一人ではそんなことすらできなかった。椹木さんのおかげだ。……だからと言って、そのまま次はそのオヤジのことを知りたいだとか近づきたいだとか思うことになるとは思っていなかったけど。  椹木さんはずかずかと人の中に踏み込んでくるくせに、その逆をさせない。おちゃらけて、いつもオープンでいるように見せて、自分の深い場所は全然見せない。そして、勝手に近付いてきておいて、こっちが近づいたら唐突に突き放された。最悪だ。  やっぱり端から一人の方が楽じゃないか。こんなぐちゃぐちゃでズタズタな気分なんて知らずに済んだから。期待すること、それが叶わないことへの悲しさやつらさを思い出すことだってなかった。  だけど思う。もしも今、すべてをなかったことに……俺の過ちや醜態を、あの人との出会いや一緒に過ごした時間ごと消し去ることができるとするなら、俺はどうするのか。 「……不毛」  そういうことを考えること自体も不毛だし、考えてみて迷いもなく浮かんだ答え自体も不毛だ。  顔面を枕にこすりつけるようにベッドの上に突っ伏して、涙が滲むのは、さっきゴミ箱を蹴った時に負傷した右足の小指がまだじんじんと痛むからだと自分に言い聞かせた。
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