第6章

1/25
前へ
/100ページ
次へ

第6章

 行き場を失った好意がどこへ行き着きどんな形になるのか俺は知っている。  悲しみ、怒り、絶望だ。思考がその感情に支配されて、コントロールが利かなくなる。  だけど俺はもう、同じ過ちは繰り返さない。 『相手が大切だと思うなら、相手の幸せを考えないといけない』  初めて出会ったあの夜、そんな風に椹木さんは言っていた。  椹木さんは、俺が離れて幸せになるのだろうか。……背負うべき相手に出会うのだろうか。 「……もう、出会ってたりして」  浮かんだのはスタイル抜群のアイカさんの姿だ。  勘のいい椹木さんが、アイカさんの特別な感情に気づいてないわけがない。アイカさんがあの人の寂しさを埋めるのだろうか。 「ぐぁーっ!」  想像して、悲しくて悔しくて……虚しくなって、浮かんだ光景を振り切るように頭を振った。  そして、はたと思い出す。きっと今の俺と同じように、平常心ではいられない存在を。 森下健司。アイカさんのストーカー。アイカさんと椹木さんの関係を許せなくて、事務所に消化器を投げ込んだ男。  アイカさんの話だと、森下は優しく温和な性格だったという。そんな男があんな暴挙に出るということ。正常な精神状態ではない。消化器事件で被害者になった立場からすると、すでに一線を超えてしまっている男のことは怖いと感じる。だけど、やっぱり俺には森下の心境が痛いほどにわかってしまう。  相手への気持ちは募るのに、理想と現実の差は広がるばかりで。周りが見えなくなって、現実が受け止められなくて。どんどん自分をコントロールできなくなる。俺だってあの時引き止めてくれる手がなければ、似たようなことを起こしていたかもしれない。椹木さんがいたから、踏みとどまれたのだ。  じゃあ森下は、一体誰が引き止めるのか。椹木さんは……アイカさんの傍にいるのに。 事務所への攻撃は、明らかに警告の意図を含んでいた。それなのに、変わらずアイカさんの隣に椹木さんがいたとしたら? だったら次は、もっと直接的で……決定的な行動に出るのではないだろうか。予感ではなく、確信に近い何かがあった。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

852人が本棚に入れています
本棚に追加