第6章

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 さっきから散々走ってもうヘトヘトだ。息は上がっているし、汗だくで、髪もグチャグチャでヨレヨレできっとみすぼらしいことこの上ないだろう。しかもこんな行動もすべて無駄骨かもしれない。  誰かを好きになると、俺はいつも惨めだ。情けなく、かっこ悪い。でももうそれでいい。どちらにしろ人生で一番無様な姿は、とっくに椹木さんに見られてしまっている。  暗い路地を走って、何個目かの角を曲がった時、人の姿が見えた。 「……っ」  椹木さんとアイカさんだった。 (よかった、間に合った)  そう思った直後、その少し手前に人影を見つけた。二人から一定の距離をとり、看板や電信柱の影に身を隠すようにしながら進んでいる。どう見てもただの通行人には見えない。あれが森下なのだろうか。体格的に男ということはわかるが、見たこともない上に表情も確認できないのでは、いまいち確証が持てなかった。  だけどそれはすぐに確信に変わった。男が後ろ手に持っている長細い物体が、街灯を反射したからだ。それがナイフだと理解した瞬間、サッと血の気が引いた。心臓が耳のすぐそばで鳴っている気がした。鼓動がうるさくて、極度の緊張で喉が干上がる。 もしかしたら椹木さんは森下の尾行に気付いているのかもしれない。だけど、刃物を所持していることまではわからないはずだ。 (どうしよう……どうしたら……)  そんな時、森下が動きを見せた。電信柱の影から路地の真ん中へと移動し、ナイフを手にした腕を掲げて、前の二人へと突進していく。 「やめろっ!」  考える前に叫んで、飛び出していた。男が俺の声に反応して動きを止める。前を行く二人も足を止めて振り返った。俺は無我夢中で森下目掛けてタックルした。
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