第6章

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「このバカやろう!」  一時の騒ぎが過ぎ去るや否や、俺は椹木さんに至近距離で怒鳴られた。そして、その声に竦んだ身体を痛いほどに抱きしめられる。 「えっ、ぅわ、ちょっと……!」  ここは裏通りとはいえ道のど真ん中だし、椹木さんの肩ごしにアイカさんと目が合って、パニくったように抵抗したらようやく解放された。 「なんであんなムチャした! ケガしてねえだろうな?」  ……あのあと。憑き物が落ちたような森下は、「すみませんでした」と一言口にしてその場を立ち去った。去っていく寸前に、少しだけアイカさんの方を見て何かを言おうとしたけど、泣きそうな、悲しそうな顔で笑って、そのまま背を向けた。 「つーか、なんでここにお前がいるんだ」  椹木さんの声にはまだ怒気が滲んでいて、微妙に萎縮してしまう。解放されてせいせいすると言い放った数時間後の再会も、気まずいものがあった。  追いかけたのは、嫌な予感がしたから。椹木さんが心配だったから。  それを素直に口にできるなら、俺はこんなじゃないわけで。 「……鍵返すの忘れてたから、返しにきて、それでいなかったから渡しに……」  咄嗟に思いついた言い訳は、我ながら少し苦しいと思った。 「……ぶはっ、そうかよ……」  俺の言い訳を聞いた椹木さんは思い切り噴き出す。 「とにかく、もうあんなムチャはするな。ナイフ持ってる相手に飛びかかるなんて……心臓が止まるかと思った」 「……え」  珍しく余裕のない表情を見せる椹木さんに胸が騒ぐ。決してそんな目的で起こした行動ではないけれど、うれしいとか思ってしまうではないか。 「こんなに汗だくで……本当にお前はよ……」  言いながら椹木さんは長めの俺の前髪を掻き上げる。 「ちょっと、汚れるって……」  そう言ったのに、椹木さんはやめてくれず、俺の額の汗を拭うように何度か髪を掻き上げた。
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