第6章

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(……もしかして、嘘の言い訳じゃなくて、本気だって思われてる?)  おずおずと近付いて鍵を差し出す。 (言わないと……本当は返したくないって。ここにいたいって……)  数時間前。もうここに来るなと言われた時は、突然この人に切り離されたことが受け止めきれなくて、そのことにショックを受けてる自分も認められなくて、なんてことない風に納得した振りをした。  でも今は違う。自分の気持ちはもうわかっている。俺はこの仕事を続けたいし、椹木さんの傍にいたい。 (なのに、言葉が……出てこない……)  こんな場面でも意気地のない自分が情けなくて泣きそうだった。それにとてつもなく怖い。もしもここで縋って、だけどやっぱり拒絶されたら……軽く十年は落ち込める。  そして、何も言い出せないまま、椹木さんが差し出した俺の手に触れた。 「……え」  だけど鍵は奪われず、そのまま手を握られた。驚いて椹木さんを見ると、穏やかで優しい瞳が俺を見ていた。 「ここ、ぶつけたのか? ちょっと赤くなってる」  俺の手を掴んでいない方の手が、目の下辺りを撫でてくる。触れられた瞬間思わず肩が竦んで、緊張してるのがバレバレで恥ずかしかった。 「……森下を押さえた時に、肘が当たったかも」  答えたら椹木さんは少し痛そうな表情を見せた。それから頬を包み込むように触れて、そのまま髪を撫で付けるように後頭部に回る。 (何これ……どうしたら……)  いつもとは違う、何か意図を持ったような手つきに硬直する。
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