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「俺を心配して、汗だくになって走って追っかけてきたのか?」
椹木さんの触れ方が、声が瞳が……あまりに優しいからか、俺は素直に頷いていた。
「……うん」
そしたら、椹木さんがふっと笑った。
「深見、俺はな……お前が可愛いんだ」
ひく、と喉が変な音を立てる。……そんなことを言われたら、どんな顔をしていいのかわからなくなる。
「最初は本当にヒナを見てる親鳥の心境だったんだよ。きっかけだけ与えて手放してやろうって。それが段々子離れできなくなりそうな気がしてきてなあ」
「子離れ、とか……何それ」
いつもの調子で返そうとしたら、思い切り失敗して上ずった声になった。
「お前は優しいし、頭もいい。きっとどこでだってやってけるんだ。なのにこんなオッサンしかいねえ職場に縛り付けとくのは可哀想だろ?」
椹木さんはおどけたように言って、俺の頬を軽くつまんだ。
「お前を危ない目にあわせて、ようやく決心がついたんだよ。これ以上お前をここに置いとくべきじゃないってな」
「でも俺……俺は……」
言わなければ、ちゃんと。今度こそ、自分の気持ちを。ぐっと拳を握り締める。
「ここにいたい……椹木さんと、いたいんだ」
顔が熱い。手も声も震える。だけどこれが俺の精一杯だ。
「……わかってんのか、深見」
「……え」
「子離れできねーとかなんとか言ったけど、今はそれどころの話じゃねえんだぞ」
「ぁ……っ」
気づくと腰に回った手に抱き寄せられて、椹木さんの胸の中に顔をうずめる格好になっていた。
「俺はお前を食っちまいたいんだ」
耳元で熱っぽい声が聞こえて、ぞくっと身体が震えた。
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