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「ええっ」
もう一度繰り返す。
1メートルほどの大きさの、茶色いうさぎが立っている!
小さな頭から短い耳が2本生えている。明るい茶色の毛が、照明でふわふわと光って見えた。
「新規のお客様ですね?」
うさぎが!
立って!
歩いて!
喋ったァァアアア!
飛びあがって驚いた拍子に、頭を天井にぶつけた。蹲って頭の天辺を擦っていると、何かが駆け寄って来る。
「大丈夫ですか?」
頭を上げる。うさぎだ。黒い目がきゅるんと可愛らしい。
「――痛っ!」
後頭部をドアにぶつけた。迫るうさぎの顔。近い。でもちょっと可愛い。
「驚くのはわかりますが、落ち着いてください。傷つきます」
「あ、えと、その」
「説明しますから、こちらへ」
「え?」
「こちらへ」
「あ、はい」
無表情に圧倒され、テーブルをどけて作ったスペースに座らされた。
うさぎは奥の部屋に戻る。少しして戻って来たうさぎは、盆の上にティーカップを二つ乗せていた。紅茶の香りがする。
「さあ、これを飲んで落ち着いて」
ずい、と盆を押しつけられ、左のカップを取った。うさぎがもう一つのカップを取った。うさぎが紅茶を飲むのを見届けてから、少量を口に含む。
「うまっ! 今まで飲んだ中で1番美味い!」
「そうでしょうとも」
うさぎが満足げに頷く。
「我々は人間の2倍も味覚が鋭いですからね。当然ですよ」
「は、はあ……」
うさぎは巨峰のような丸い目を伏せ、カップを傾けた。鼻がヒクヒクと動くたびに、白く光るヒゲが揺れる。オレが音をたてて紅茶を啜ると、咎めるように耳が動いた。動作すべてが、作りものとは思えない自然な動きだった。
「あの、あなたは一体……それと、ここはどこですか?」
「ここは月屋。私はここの店主をしております」
「月屋?」
「はい。記憶を売買しております」
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