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「まさか」
「はあ。人間の方は大抵そうおっしゃいますね。ですが事実なのです。そういう店なのです」
「に、人間の方はって、人間以外も来るのか?」
うさぎの店主が鷹揚と頷く。
「うちは分け隔てなく商売をやってますから。おかわり、どうぞ」
店主がポットから紅茶を注いでくれる。小さな掌、まるで人間のような5本の指。オレは普通のうさぎの手を知らないが、店主の指は普通ではない気がする。
「実際に買っていただく方がわかりやすいと思いますが、いかがですか?」
店主のヒゲがそよそよと動く。引っこ抜きたい衝動をぐっと堪える。
「『記憶を売るだけ』はできますが『買うだけ』はできません。在庫はそれほど多くないので」
「記憶を売るとどうなるんだ?」
「売ると記憶そのものがなくなります。ですが、どのような記憶を売ったかは残ります。買った場合は、記憶を疑似体験することができます。自身の記憶と混同して、こんがらがることはありません」
店主は無表情で説明した。まばたきの間隔が長い。白目のない目が少し恐ろしかった。
「記憶って、どんなものでもいいのか?」
「はい。まあ、在庫がないものを提供することはできませんが」
フーン、と適当な相槌をうつ。
これは夢だ。きっと目が覚めたら電車で、終点の駅で駅員にしかめっ面されるに違いない。
「なんか、こう、だらだらしてる記憶とかあるか?」
「ありますとも。そういった在庫は多いです。それで、どのような記憶を売って頂けますか?」
「今日、上司に怒られた記憶は駄目か?」
店主が目を輝かせた。耳とヒゲが、ピン! となる。
「商談成立です」
ま、どうせ夢だし。
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