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店主が恭しく右側のドアを開けた。部屋にはゆったりとした1人掛けのソファだけが置かれていた。イチゴ柄のカバーがかけられていて、人間サイズだった。
「どうぞ、かけてください」
座ると、程よく沈んだ。店主が目の前に立つとちょうど目線があう。すべての光りを吸い込んでしまうような、混じりけのない黒い目だった。瞳孔すら見えない。
「そのまま、私の目を見つめてください。ゆっくり息をして、浅く少しずつ吐いて。口からです。そう、上手」
赤子をあやすよう声で、何度も繰り返す。
店主の声で頭がいっぱいになって、瞼が重たくなってくる。意識がぼんやりし始め、指1本動かしたくない。重さを増した体がソファに沈み込んでいく。そのままソファも床も突き抜けて、どこまでも沈んでしまう気さえした。
ああ、眠い。
* * *
寝返りを打つと、目の前に猫の腹があった。
毛足の長い、白い猫だ。
ブウン、と扇風機の控えめな音がする。その風に煽られて、風鈴が揺れた。縁側はぬくく、障子から入って来る風は甘い匂いがした。庭先の金木犀の香りだ。
うとうとぼんやりしていると、猫が目を開く。
アーモンド型の金色の目だ。猫はむずがるように、畳に体を擦りつける。それから、へちゃむくれの鼻をくっと持ち上げて、すり寄って来た。干したての布団のような、幸福な匂いがした。
長い毛が鬱陶しいが、それ以上に可愛くて、無碍にできない。猫を抱きしめ、小さな額に鼻を埋める。やはり、幸福な匂いがした。
* * *
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