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荷物をまとめて帰郷した。 歌うこともやめて、ミナもいなくなった関西にいる意味などないため、悔いも迷いも何もなかった。 ガチゴチに固まった体をほぐしながら夜行バスを降りると、久しぶりに感じる福岡の空気が優しく、帰りを迎え入れてくれている気がして、 さらに、人の喋り方を聞くと懐かしい方言ばかりで、帰って来たことを実感した。 さーっと風が流れ、僕の肌を撫でる。 帰ってきたことを改めて悟らせるように。 父さんと母さんは何て言うだろう。 学校をやめてまで家を出て上京したのに、急に帰ってきた息子を受け入れてくれるのか。 父さんは怒るだろうな。 母さんはどうだろう…。 せっかく家に帰って来たのに心が落ち着いてくれない。 「ただいま。」 どんな声で言ったらいいのか、何度も頭の中でシミュレーションして言った。 扉を開けると昔と何も変わっていない玄関があって、変わらず靴が散乱していた。 この光景も、イメージ通り。 ホッとする。この匂いも、久しぶりだ。 目線を落として、ふと気づく。 …これ、僕の靴。 まるでそこにあって当たり前かのように、昔と変わらない状態で同じ位置に置いてあった。     
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