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「そ、それは脅し……かしら?」
ルーベンから向けられる鋭い眼光に戸惑いつつも、強気な態度で発言を返すフィリア。
「どう捉えようが自由だが、私は嘘をついていない。慎重な行動をとるべきだ」
「慎重……ね……」
そう言って、フィリアはベッドの上でゆっくりと立ち上がる。枕に忍ばせた銃には触れず、ルーベンとは反対側の床に降り立ち、青のスリッパを丁寧に吐く。
「……」
ルーベンはその様子を眺めながらも、自らは椅子に腰かけ直した。
「情報……ね」
スリッパを履いたフィリアは、床に倒れる男達を跨ぎながら、机に置いている黒のバッグへと近づき、中を漁る。
「悪いけど、あなたが知りたいような情報は持ってないわよ」
バッグの中身を順番に机へ置きつつ、何かを探すフィリア。
「どういうことだ?」
ルーベンが問い返すと、目的のものを見つけたのか、一冊の分厚い手帳をバッグから取り出し、迷わずページをめくっていく。
「あたし達がこの国に入ったのは、つい先日なのよ。理由はあなたが言うように、この街で起こっている事件を調べる為にね」
そこまで言っても、ルーベンは彼女の言い分を理解していないようだ。フィリアは手帳をめくりながら彼に向き直り、浅いため息を吐く。
「つまり、まだ事件を調べる前だったってわけ。来るのが早かったわね。事件についての情報を、あたし達は仕入れてないのよ」
続けてそう言いつつ、手帳に付けられた付箋に従って目当てのページを探すフィリア。
「なるほど。つまり動き出すのはこれからだということか。手掛かりはあるのか?」
顎に手を当て、椅子の背にもたれかかるルーベンは、ようやく彼女の言い分を理解したらしい。
「手掛かりだけならね。一番最近の事件現場に入り込む手筈は整ってるし、死体安置所に入るアポもとれてる。目撃者の話を聞く準備も整ってるわ」
「なら、話が早い。その場所を教えてもらおう」
そう言って、ルーベンは急ぐように椅子から立ち上がった。
「ち、ちょっと待って。あなたが行くつもりなの?」
驚くように目を見開いたフィリアから、再び戸惑いの口調で質問が投げられる。
「ああ、そうだ。情報を渡せばお前は見逃してやる」
「……一応聞くけど、あなた……前にもこういうことしたことある?」
「無いが、初めてでも大概はうまくいく。これまでもそうだった」
あっけらかんと答えるルーベンに対し、フィリアは額に手を当てて二度目のため息をついた。
「どうした? 早く情報を教えてもらおう」
何やら考え込んでいるフィリアに向けて、ルーベンから催促が飛ぶ。
「正直な話、あなたが行っても有益な情報が得られるようには思えないわ」
しかし、ここは退かないフィリア。
「あなたとは当然、これが初対面だけど……はっきり言って噂以上にイカれてるわ。とても一般人から何か聞き出せるとは思えない」
「失礼だな。何を根拠に……」
「こうやって話をして、その根拠が浮かんだの。聞き込みは予定通り、あたしが行く。情報が欲しいならその後で渡すから、ここで待ってるのね」
ルーベンの発言を遮り、言い放ったフィリアは目的のページで手帳を開いたまま、それを机に置いて、バッグの中身を元に戻し始める。
「その間、ここで寝てる奴らを起こして帰らせてくれない? あなたが散らかしたんだから、それくらいはやってよね」
「いや、それなら聞き込みに私も同行しよう」
だがルーベンも、退かない。
「今回はそれで手を打つことにする。自分勝手な真似は許さない」
言いながら、フィリアに歩み寄ったルーベンはバッグの片付けを手伝う素振りをみせ、手帳以外の物を全て強引に詰め込んでいく。
「自分勝手……? あなたがそれを言うの?」
「すぐに向かうぞ、場所はどこだ? 準備はこれで済んだか? 手帳は必要だろう?」
フィリアの発言に構わず、せっかく開いていた手帳も閉じてバッグに突っ込むと、ジッパーを引いて閉め、肩に担ぐルーベン。
「いえ……聞き込みはあたし一人で……」
「後は着替えだな? 外で待つ。三分あれば仕度できるか?」
そう言って、ルーベンはバッグを担いだまま部屋を出ていった。
今なら窓からの逃亡を図れるかも知れないが、もうフィリアにその気はない。
「……なんて奴なの」
バッグには、この街の事件を調べる為の準備物全てが入っている。それを奪われた以上、彼女はルーベンに従う他はないのだ。
「”超人”ね……大っ嫌いだわ……」
呆れた口調でつぶやきつつ、着替えなどの準備を始めるフィリア。
彼女は伝える者。
事件の詳細を追う旅の幸先は、ルーベンの登場で前途多難なものへと変わっていく。
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