秘密を知る者

4/17
前へ
/25ページ
次へ
多目的室は、北校舎の二階。つまりは彼女が今いる階層に位置し、階段を下りずに廊下を引き返し、突き当たりを左に曲がればすぐにたどり着くことができる。 (政府の役人が、なんで私に……?) 彼女は自分自身を疑い深い人間だと自負していた。だからこそ用心の為に、呼び止めてきた女性教員から引き出せるだけの情報はもらっていた。 女性教員とは階段付近で別れ、多目的室のドアノブに手をかける。少し力を入れて内開きの扉を押せば、子供の力でも簡単に中へと入ることができる。当然、客人が待つ部屋には内側から鍵など掛けられてはいない。 だが、ドアノブを掴んだまま、彼女はその場に立ち尽くしていた。 女性教員からの話では、ステイシー・ミニミルに対していくつか質問があると、教頭に話をつけ、呼び出したという。 たまたまその場にいてその話を聞いていた小柄な女性教員は、運悪く彼女を捜す役を命じられた。 (ナルクマーナの政府ということは……) ドアノブに触れ、反対の腕でバッグと資料を器用に抱えたまま動かない彼女の頭には、とある疑念が漂い、決して消えることはない。 (……潮時かも知れないわね) 深呼吸し、あるひとつの決心を固める。すると、彼女の心境などには関係なく、扉は内側からの力によって開かれた。 「ステイシー・ミニミル先生。はじめまして」 中から姿を現し、満面の笑みでそう告げるのは、中肉中背の男性。白髪混じりの黒髪は短く、口髭は手入れされているものの、顎の髭と繋がっている。黒のスーツを身に纏い、ネクタイはしていない。 「アトム・フランク・クラフディッツと申します。さ、中へ」 名乗りをあげた男は、内側に開く扉を限界まで引き寄せると、反対の手で彼女の進路を誘導する。 いきなりの対面に、返事をすることを忘れている彼女だが、抗わずに部屋へと踏み入った。 見慣れた多目的室の光景。授業で使用する時以外は、全てのテーブルと椅子を壁際に寄せてあり、床と天井と窓しかない殺風景な場所。 しかし今は、応接室として使用される為、広い部屋の中央には長机がひとつだけ置かれ、二人分の椅子が用意されている。 「いやいや、事前に連絡もなく、唐突にこのような対応をとらせて頂いて、申し訳ない」 男は言いながら扉を閉め、彼女を椅子に腰かけるよう誘導を行う。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

426人が本棚に入れています
本棚に追加