秘密を知る者

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ゆっくりと、まだはっきりと状況が飲み込めていない彼女は、殺風景な部屋を見渡しつつも、誘導された椅子に腰を下ろす。 「鍵は閉めますか? 」 不意の問いに、また答えを返すことができなかった。 「ほら、まだチラホラと生徒が校舎を彷徨いていますし……」 そこまで言われて、質問の意図を理解した彼女は、 「いえ、大丈夫ですよ。この部屋は授業以外では使いませんし、普段は鍵を閉めていますからね」 アトムと名乗った男に初めての笑みを見せ、抱えたままだった資料をテーブルに置き、バッグを足元の床に下ろす。 「なるほど。ま、この学校で働く教員がそう言うのなら、そうなのでしょうな。少し見ただけですが、ここの生徒さんは優秀そうな子供ばかりですね。将来が楽しみだ」 笑みを消さないアトムは、両手を擦り合わせながら対面の席についた。今の彼の言葉を聞いて彼女は、独特のイントネーションであることに気がつく。 「さて、私はナルクマーナ政府に所属する、少しややこしい機関の人間なものでして……」 そう言ってアトムは上着についているポケットを手当たり次第にまさぐるが、目当ての物は見つからないようだった。 「……おっと、名刺は教頭殿に渡したもので最後のようです。なので口頭で紹介させて頂きますが、私は簡単に言うと軍の人間です。陸軍のね」 そう言い放ったアトムの表情から、少しだけ笑みが薄まった。 「とはいっても、重火器を用いて敵と戦うのは私の仕事じゃない。軍に所属する調査員と、思って頂ければ」 「……調査とは、具体的に何を?」 質問を返した彼女は、資料に挟んでいたペンがテーブルに置いた拍子に落ち、机上を転がっていることに気がついた。 つまりは視線を下げたということだ。その様子を笑みのままに見ていたアトムの目は、すでに笑っていない。 「今回は、人を捜しています。あなたをここに呼んできてもらったのも、その質問をする為です」 「なぜ私に……?」 「順を追って説明しましょう」 彼女の言葉を遮り、アトムはテーブルの上で手を組んだ。彼は少し猫背気味で椅子に腰かけているが、彼女は背筋をピンと伸ばし、緊張した面持ちで話に耳を傾ける。
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