秘密を知る者

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「五ヶ月前に、失踪した人物を捜しています。その人物……名前は伏せますが、かなり大事なものと一緒に姿を消したものですから、私も私の上司も大慌てでしてね」 彼女は話を聞きつつ、机上のペンからアトムに視線を戻した。その表情には相変わらずの満面の笑みが貼り付けられたままだ。 「ご存知かと思いますが、ここから南東にある島国、ルックスランドの大統領が失踪した件で、我々は酷く動揺していましてね」 それを聞いた彼女の目が大きく見開かれた。 「おや? あのニュースをご存知ない?」 正面から堂々と、その様子を眺めていたアトムから、次の質問が飛んでくる。 「い、いえ……知っています。ニュースで何度か見ました……けど、ルックスランドの失踪事件と、この国の軍に何の関係が?」 「それは当然の疑問でしょうな。あの国に警察はいません、法のない娯楽大国ですから、捜索は絶望的。色々と黒い噂が絶えない国ですし、すでに殺されている可能性も高い」 「えっと……」 「これは余談ですがね。先程も名乗りましたが、私の名前はアトム・フランク・クラフディッツ。このフランクを書面に綴る時、Fと略すんです」 唐突に、話を逸らしたアトムを、彼女は黙って見つめるのみ。 「だからアトム・F・クラフディッツと書きます。よく仲間に笑われていましたよ。失踪した大統領はM・クラフト……私はF・クラフトなどと呼ばれてましてね」 言いながら右手で拳を作って口元を隠し、肩を震わせて笑いを堪えるアトム。 「あの……この国の軍がM・クラフトの捜索をしてるんですか?」 話が見えてこない彼女は、顔をしかめて質問を投げた。 「おっと、これは失礼。話が逸れてしまいましたね」 テーブルの上で手を組み直し、猫背の体勢を直すべく椅子に腰かけ直すが、あまり体勢は変わらない。 「我々が捜しているのは、女性です。失踪したルックスランドの大統領じゃなく、何の権力も持たない、ただの一般人です」 満面の笑みを絶やさず、発言を続けるアトムの目に、彼女はほんの少しの怒りが滲み出ていることを察知した。 「M・クラフト失踪事件。世間は騒ぎ立てていますが、騒ぎたいのは我々ですよ。本当に今ここで喚き散らしてやりたいくらいにね」 要領を得ない話の流れに、彼女は苛立ちを覚え始めていた。しかし、自身に言い聞かせる。 平静を保てなければ、自分はここで殺される。
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