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沙月は、コピー室の隅に置かれたキャビネットのガラス戸に映った自分に気付き、大きなため息をついた。 一流大学を出て有名企業に入社し、二十七歳という若さで営業部長を務め、容姿端麗、文武両道、すべてにおいて完璧と言われる兄とはまるで比較にならない自分の姿に呆然とする。 見慣れているとはいえ、背中を丸め、野暮ったい黒縁眼鏡をかけた冴えない男の姿は、見ていて気分のいいものではない。 二十二歳とは思えないほど、覇気もなく、すべてを悟ってしまったかのような暗い表情だ。 ピーッという甲高い用紙切れの警告音にビクリと肩を震わせてハッと我に返る。 急いでコピー用紙をセットし直していると同じ営業部の主任がコピー室を覗きこんで、さも大袈裟にため息をついて見せた。 「芝山……ここにいたのかよ。部長が探してたぞ」 「――はい。すみません」 コピーの終わった書類の束を両手に抱えると、小走りに営業部のあるフロアへ向かった。 入口近くにある庶務係の机の上に書類を置くと、窓際にある部長のデスクへと駆け寄る。 「すみません。お呼びですか?」 手にしていた書類からわずかに顔を覗かせてチラリと視線をあげた部長は、あからさまに不機嫌な声で言った。 「お前、今まで何やってんだよ?」 「何って……。書類のコピーを伊崎(いさき)さんに頼まれて……」 「お前の仕事じゃないだろう!この給料泥棒がっ」 沙月の言葉は最後まで聞いては貰えずに頭ごなしに怒鳴られる。 コピーを依頼した庶務係の伊崎は、見て見ぬふりを決め込み、呑気にコーヒーを飲んでいる。 「そんな暇があったら得意先の一つでも見つけてこい!まったく、使えないなぁ。お前見てるとイライラすんだよ」 持っていた書類の束を投げ付けられ、床にハラハラと落ちる紙を見ながら、沙月は唇を噛んだまま何も言わなかった。 こんな理不尽なことは今日が初めてではない。 今までに何度も経験している。いや、厳密に言えば幼い頃からそうだった。 自分は悪くない――そう伝えようとするだけで言い訳と解釈されて怒られる。 そのおかげで兄が犯した悪戯のすべては沙月の仕業になっていた。 「――はい。すみません」 さっきの衝撃でずり落ちた眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、深く頭を下げる。 その動作一つとっても部長には腹立たしく思えるようで、大きく舌打ちしながら席を立ち、その場を去ってしまった。
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