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「うちの会社――来ませんか?」
「えぇっ?――そ、そんなの無理ですよ。一流企業相手にするスキルもないし」
「これから身につければいいじゃないですか。私の部署であれば、余計な気を使う必要はないですし、チームと言っても三名の部署で、正直人手不足なんです」
「そんな勝手な事……。いくらあなたでも、採用云々の決定権なんてないでしょう?人事担当者じゃあるまいし」
「うちの会社は社員各個人の発掘力を重視しているんです。だから社員のほとんどは誰かの紹介であったりとか、ああ……居酒屋で相席になって知り合ったという者もいますね。自分の目で相手を見定める力を試してるんです。今のところハズレだったことはないですね。それが企業を公平に見ることのトレーニングに繋がるって方針なんです」
ここまで社員を信頼する企業があるのだろうか。
そうなれば自信もおのずとついてくるだろうし、責任感も生まれる。
紹介した人物が優秀な実績をあげれば、紹介者もまたモチベーションが上がる。
その繰り返しが業績を確実に上向きにしていくのだろう。まるで理想的な企業だ。
「社員のポテンシャルを引き出して、それを最大限にする。私が見る限り、あなたも持っているはずなんですよ。自分で言うのもなんですが、この目に狂いはないと思いますよ。一流ばかり見ている者は他の世界を知らない。最悪の状況を知っている者なら、そこから一流を視野に入れることでオールラウンドの世界が見えてくるんですよ。今のあなたならそれが可能だ」
まるで経営者が口にするような言葉をさらっと言ってのける。一条の自信は一体どこからくるのだろう。
煽てられ、自分を企業に引き入れるための誘い文句だとしても、まったく悪い気はしない。
事実、今の沙月はもうW商事を辞める気になっていたからだ。
「出来る事ならば明日からでも来てもらいたいぐらいなんですが、今の会社との関係をクリーンにしてからで結構です。新人研修はだいたい一ヶ月ぐらいですが、その頃になれば皆一通りの業務はこなせるようになります。もちろん厳しい部分はありますが、そう構えることはないですよ」
一条の話しぶりはもう入社する事を前提とした内容だ。
新手の詐欺という可能性もあるが、今の沙月には疑う要素は全くなかった。
「俺でも……何とかなるんですか?」
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