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今から十年前――。
小学六年生の芝山沙月は、学校帰りに立ち寄った神社の境内へと上がる石段に腰掛けたまま、西に傾き始めた太陽をぼんやりと眺めていた。
参道に沿って並ぶ生い茂った杉の木が日中でも日差しを遮っているせいで、尻を下ろした石段はひやりと冷たい。
小さい頃から見て来た景色が毎日少しずつ変わっていく様は、まるで間違い探しでもしているようだ。
以前は田畑が広がっていた土地を住宅分譲地として造成した場所が一望出来る高台に、古くからの鎮守として祀られている稲荷神社は、沙月が唯一気を休めることが出来る場所だった。
沙月の家――芝山家はこの辺りでは有名な名家であり、古くから集落を統治していた貴族の末裔だ。
そういう旧家には必ずと言っていいほど『ならわし』や『仕来たり』などというものがついて回る。
沙月の家も類に違わず、先祖代々続いている『ならわし』があった。
その内容については、まだ十二歳の彼には完全に理解することは出来なかったが、両親の沙月の兄に対する並々ならぬ厳しさと愛情を見ていれば、自分の家が普通でないことは一目瞭然だった。
沙月の五歳上の兄、泉は小さい頃から頭がよく、要領も良かった。
芝山家の長男として生まれた彼は、両親をはじめ親戚からも可愛がられていた。
学校での成績は常にトップで、その容姿は誰もが羨むほどだった。
幼いながらも完成された顔立ちは端正で、こげ茶色の髪はふわりと柔らかい。しかし、意志の強そうな黒い瞳は時に冷たく人を見下す事があった。
武道も嗜み、料理だって割烹料亭の料理人が舌を巻くほどの腕前を持っている。
すべてにおいて完璧を目指す厳格な父の教育は、一心に彼に注がれていた。
その一方で弟である沙月はまったくと言っていいほど相手にはされなかった。
普段は父と会話をする事もなく、思い出す会話と言えば兄の罪を被って怒られた時の言い訳ぐらいだろうか。
母はそんな沙月を庇ってはくれたが、厳格な父の前では何も言うことが出来ず、ただ唇を噛んで黙ったまま泣き続ける沙月を見つめていただけだった。
家にいる使用人もまた兄には媚びへつらい、隙あらばその懐に潜りこもうとご機嫌取りに余念がなかった。
名家と呼ばれる芝山家の後継者は泉だ。彼の元にしがみ付いていれば食い扶持には困らない。ただし、彼の機嫌を損ねる様な事がなければの話だ。
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