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いつしか自分を取り囲んでいる、冷たく甘い空気に全身が震え出す。
頭の中で鳴り響く警笛を嘲笑うかのように彼の手が背中をなぞっていくうちに、沙月の体は指一本動かせなくなっていた。
「あなたは……誰?」
喉を締め付けられる痛みに耐えながら掠れた声で問いかけると、彼は顔をあげることなく言った。
「十年後、お前を迎えに行く。その時、お前が俺の気持ちを受け入れてくれるならば花嫁として迎えよう」
「花……嫁?」
沙月の頭の中に即座に浮かんだのは『花嫁候補』に選ばれた泉の事だった。
男でありながら輿入れする……。その相手は災いをもたらすとされている魔物。
その強大な力を得ることで、財力と地位、そして権力を手に入れることが出来る。自己犠牲からなる、まさに諸刃の剣だ。
「だが、拒絶するというのであれば呪縛の効力は消え、お前の命も尽きる……」
「死ぬ……ってこと?」
「そうだ。人間の心は移ろいやすい。今と変わらぬ純粋な心で俺を見てくれることを願っているよ」
コクリと唾を呑みこんだ沙月は、この青年に出逢ってしまった事に少しだけ後悔の念を抱いていた。
しかし、血の繋がった家族と一緒にいるよりも居心地がいいことは確かだ。男同士で抱き合っている事も不思議と違和感を感じない。
でも……彼は自分と同じ人間ではないと直感的に感じていた。
恐怖と安心――紙一重の感覚に頭の中が混乱し始める。
「十年……。俺は、お前以外の者を抱くことはないと誓おう」
彼の冷たい唇が首筋に触れ、沙月の肩がビクッと跳ねた。
その瞬間、鋭い痛みと共に硬質な何かが深く突き刺さった。
「痛……っ」
グイグイと抉るように穿たれたあと、耳元で何かを啜りあげる音が聞こえた。
沙月は両目をギュッと瞑ったままその痛みをやり過ごした。それは次第に心地よいものへとすり替わっていった。
疼くような甘い痺れが全身に広がり、今までに経験したことのないフワフワとした感覚だった。
足や腰に力が入らない。彼に抱きしめられていなかったらその場に崩れ落ちていただろう。
首筋を吸い上げる音が止んでもなお、沙月は呆然と焦点の定まらない視線を彷徨わせていた。
柔らかい舌が何度かそこを舐め、彼がゆっくりと顔をあげた時、真っ赤に染まった唇の隙間から見えたのは長く鋭い牙だった。
沙月の血を滴らせた牙を舌先で掬うように舐めとる。
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