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感情がなく、冷たいと感じた黒い瞳は、見ているだけでため息が零れそうなほど綺麗な金色へと変わり、虹彩は鮮やかな紫色に変わっていた。
まるで宝石そのものを埋め込んだような瞳をとらえた沙月は、目が離せなくなるほど魅惑的で心臓がトクンと大きく跳ねた。
「そうだ……。俺だけを見ていればいい」
そう言った彼の手がゆっくりと沙月を解放した頃には、周囲はすっかり闇に包まれていた。
石段の下にある色褪せた朱色の鳥居を照らす電球が心もとなく瞬いている。
参道に並ぶ杉の木がザワザワと音を立てて揺れた。
彼は沙月の目の前に大きな手をかざすと、薄い唇を綻ばせた。
「暫しの別れだ。愛しい婚約者……」
沙月の体が支えを失ったようにガクンと大きく揺れ、彼の手によって冷たい石段に横たえられる。
乱れた柔らかな栗色の髪を撫でる手は優しい。
意識を失った沙月の唇に、まだわずかに血の香りが残る唇が重ねられる。
「成立したな……」
青年はすっと立ち上がると、革靴の先で軽く地面を蹴りあげると風を纏うようにその場から消えた。
そう――音もなく。
不意に風がやみ、意識のない沙月を包み込んでいたのは重々しい闇と静寂だけだった。
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