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春風で、ぶわりと桜が舞う。 今年も学校の桜は満開だ。 俺は机に頬杖をついて、舞い散る桜の花弁を目で追っていた。 「…わ…かわ…相川唯翔(あいかわゆいと)っ!」 先生に名前を呼ばれ、俺は慌てて正面に向き直る。 今は眠たい国語の時間だ。 「は、はい…えっと…」 「よそ見してちゃだめだぞ、教科書86ページ、5行目から読みなさい」 「…はい」 クラスメイトにクスクス笑われたので、ンンッ、と咳払いして教科書に目を落とした。 題材として取り上げられてるのは、アレクサンドル・デュマ・フィスが書いた『椿姫』の抜粋だ。 あまり本を読まない俺は国語が苦手だし、物語を読むのも得意ではない。 漫画と違って自分で想像しなければならないからだ。 「…マルグリットは白いドレスを着て、ぼくの腕にもたれかかり、宵になると前夜に囁いたことをまた繰り返し語ってくれます。世界は遠くの方で勝手に営みを続け、ぼくらの青春と愛の絵図を影で汚すこともありません。…」 正直俺は全くこの文字の羅列を理解できていないのだけど、授業を聞く限り、主人公の高級娼婦マルグリットがアルマンという青年によって真実の愛に気づき、愛する喜びとすれ違いを描いた恋愛小説、らしい。 しかも、どうやら一筋縄なハッピーエンドではないみたいだ。 とにかく、俺は物語が苦手なので、恋愛小説ね、はいはい、という認識しかない。
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