プラタナスと虹と

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【プラタナスと虹を】 多分、俺は。ひとの愛し方を知らぬのだろう。 窓の向こう、夕べの雨で落ちたプラタナスの実が 地面で揺れている。 (会いたい) 禁断症状という奴だろうか。 もう彩綾に一週間触れていない。 メールって奴を打ってはみるが、 ついつい営業とか事務みたいな文になる。 (くそっ) デスクで頭を抱え、 頬杖をついて、窓の外を見たら、 虹がかかっていた。 かなり大きい。 綺麗につながっている。 そして、くっきりとしている。 写メなんかじゃなく伝えたくて。 本能の赴くままに電話をかける。 「もしもし」 キミの声は。 時折、鈴のようで。 ああ、だから、プラタナスの実を見るだけで切なくなるのか。 プラタナスの日本名は鈴掛の木だからな。 「虹が出ている」 「え」 キミはいつも俺に言う。 “灘さんは唐突です。” “メールも電話も唐突です” “強引で用件ばっかりです” (ああ、またやってしまった……) 反省の気持ちで深く沈む。 「わあ」 不意にキミの声が膨らむ。 「湊一郎さん、虹です」 (いや、見つけたのは俺だぞ) 「すごい。綺麗……」 キミの感嘆は長く続き、 電話の癖に堂々と黙る。 その沈黙の向こうに彩綾の空気があり、 俺の心にまで虹がかかるのだろう。 「会いたい」 俺の口から、素直に呟きが漏れる。 いや、いつも駄々漏れだ。 だから、 “強引です”“唐突です”と 詰られたりするのだ。 わかっているが、器用に生きられない。 「私も」 小さな声が木霊のように囁いてくる。 「私も湊一郎さんに会いたいです」 ちょっと照れを含んだ、でも素直な感じが。 もう、どうしようもなく俺を 思春期以前にまで引きずりもどすから。 小学二年生もビックリなくらい無邪気に約束をする。 だけど彩綾は俺の性質を把握しているから 「もうダメって言ったらやめてくださいね」と釘を刺す。 残酷な話をする。 でも止められないのもわかっているだろうから。 「今日はもう寝なさい」 「まだ午前中ですよ」 「夜、寝られると思っているのか」 「思いません」 わかってるなら逆らうな。 もう、いっぱいいっぱいなんだ。 少年に戻る俺を愛して。 虹とプラタナス。 冬の中に春
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