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【家に帰ったら自重できない】
「本当にこんなものでいいのか」
「はい」
コンビニの中華まんを
公園のベンチに並んで座り
彩綾が、ぱくっ、と
いつになく真剣に噛みつくのを
横から見つめる。
やや眠いのか、目尻を
軽く握ったこぶしの人差し指でこする。
大人と子供が混在し
きちんとした躾が行き渡った上品さの中に
ふとした瞬間
ポンっとあどけなさが垣間見られて
静かで、透明で
だが、どこか激しいキミに
俺は惹きつけられたのだろう。
彩綾は俺の視線に気づき
まさか、私の中華まんが欲しいんですか?という目をしているが
ちゃんと同じものを買ったから大丈夫だ。
俺が食べる様を横から
見ている。
「なんだ。欲しいのか」
「違います」
少しふくれた。
「////」
赤くなった。
「俺は欲しいが」
「食べかけだから…。割ります」
彩綾が半分差し出してきた。
「はいっ」
その手首を持ち
素早く頬に口づけた。
「…っ////公園ですよ!」
「知ってる」
このくらいで家に帰ったら済まないだろう。
「////」
ううっ、と下を向いた彩綾の
食べかけの中華まんを
指ごと口に含む。
「そ、そ、そ、そ…っ!」
上擦る彩綾を下から掬うように見上げる。
ずっと俺の片思いだった。
出会う前から恋してた。
キミのおじいさんが…
俺の尊敬する人が
目を細めて見せてくれる孫娘の写真
ひとつひとつ語られるエピソード
あの、厳しく優しいひとが
丁寧に紡ぐ、愛の言葉を
胸に降り積もらせ
キミと出会った瞬間
空気に包まれたように
恋が俺を纏う。
動き始めた気持ちに戸惑い
時には否定され
あまつさえ、キミが好きなオトコは他にいて…
俺は髪をかきむしり、胸を痛めた。
いつしか恋が愛に変わり
振り向かれなくても見つめていたいと焦がれた時
胸に宿ってくれたキミが
今、目の前で俺を見つめ
時には、動揺すらする。
俺が意地悪になるのは仕方ない。
煽らずにいられないから。
「っ」
指
音を立てて吸う。
「っ。ばかぁ…」
キミになじられる。
少し怒った時もかわいい。
泣きはらした寝顔も
微笑む時の肩も
すべて、俺にくれないか。
「帰ろう」
早く帰ろう。
中華まんは食べたから。
家に帰ったら自重しない。
俺はキミに飢えている。
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