飢えた男と林檎の花

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【飢えた男と林檎の花】 小さく喉を動かすように 彩綾が嚥下する。 ただの水。 なんの変哲もない水を 両手でグラスを持ち さして冷えてもいないそれを ゆっくり体におさめていく彩綾を見ると 何故だろうか、愛しさがこみ上げる。 「…大丈夫か?」 「…はい」 彩綾が風邪をひいた、と 聞いた時の衝撃は大きかった。 たかが風邪だが、彩綾は一人暮らしだ。 心細いことも多い 泊まりがけで世話をしたが 特に初日は脂汗をかいていて タオルで清めると 縋るような眼差しが痛々しく かわってやりたいと心がむせいだ。 手をつなぐと 力を込めようとする。 夢うつつで 「湊一郎さん…」と小さな声で俺を案ずる。 風邪をうつしたらいけないからと 必死に訴える彩綾は 涙を流していて 俺は目尻を指先で拭く。 咳き込む彩綾は やせ我慢をしながらも 最後にはすがり 俺に抱きくるまれ 深く眠ってはまどろみ 微睡んでは深く眠り ようやく、水をこくこくと自力で飲んでいる。 今までは水差しでも嫌がる時は 口移しだっただけに 熱が上がりっぱなしで心配だった。 もともとあまり食欲旺盛ではない。 水分もそんなに取らない。 彩綾はわずかなもので生きているだけに
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