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「にが…」
小さくだが、思わず声に出してしまう。同時に、我慢していた目の熱が表面張力の限界に達してしまった。
ビールの、真っ黒な見た目のそのままに、焦げたような強い香りと舌に纏わりつくような苦さが、まるで今の奈緒子自身のように感じられた。
絞られた照明と、賑やかな演奏が幸いし、奈緒子の涙に気付く者はいないようだった。
その曲を、どこかで聞いたことがあるような気がしたが、奈緒子はどうしても思い出せなかった。
一度決壊してしまうと、涙は堰を切ったようにあとからあとから流れてくる。静かに拭っていると、曲が終わり、疎らな拍手が起こった。ごまかす様にグラスの残りを一気に飲み干すと、奈緒子も拍手に加わる。
「え!?お姉さん、大丈夫?どうかしましたか!?」
愛想よく他の客と話していた笛の男性が、驚いたように奈緒子に声をかけてきた。
上手くごまかせていなかったようだ。
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