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「いえ…。なんでもないんです。」
「何でもないことないでしょう。女性の涙はね、見逃せない性質なんですよ、僕。」
にやりと笑いながらそう言って、奈緒子の隣に腰掛けてしまった。
ライブが急遽中断したというのに、先ほどまで一緒に演奏していた他のメンバーも、客たちも、こちらを気にするような素振りは見せずに各々好きに飲み始めた。初めて来たので奈緒子にはわからなかったが、アイリッシュパブとはこんなものなのだろうか。
奈緒子もなんだかどうでもよくなって、やけくそのように今日あったことを話し始めた。
「非道いでしょ。二十代最後の日が、失恋記念日。」
「失恋かぁ。英語では、失恋てなんて言うかわかります?」
「ブロークンハートでしょ。馬鹿にしてる?」
「馬鹿にしてないですよ。そう。ブロークン、壊れる、なんです。失う、じゃなくて。」
「そういえば、そうね。」
「傷ついて、壊れるのは仕方ない。でも日本語はおかしいと思いません?失う、なんて。お姉さんだって、今日で今までのこと全部『失った』わけじゃないでしょ?」
「クサいこと言うのね。でも、なるほど。じゃあ失恋記念日っていうのは、やめることにする。」
「それにもう、今日は、誕生日ですよ。」
「え?」
言われて時計を見ると、ちょうど針は零時をまわったところだった。
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