チョコレートポルカ

8/9
前へ
/9ページ
次へ
「いえ…。なんでもないんです。」 「何でもないことないでしょう。女性の涙はね、見逃せない性質なんですよ、僕。」 にやりと笑いながらそう言って、奈緒子の隣に腰掛けてしまった。 ライブが急遽中断したというのに、先ほどまで一緒に演奏していた他のメンバーも、客たちも、こちらを気にするような素振りは見せずに各々好きに飲み始めた。初めて来たので奈緒子にはわからなかったが、アイリッシュパブとはこんなものなのだろうか。 奈緒子もなんだかどうでもよくなって、やけくそのように今日あったことを話し始めた。 「非道いでしょ。二十代最後の日が、失恋記念日。」 「失恋かぁ。英語では、失恋てなんて言うかわかります?」 「ブロークンハートでしょ。馬鹿にしてる?」 「馬鹿にしてないですよ。そう。ブロークン、壊れる、なんです。失う、じゃなくて。」 「そういえば、そうね。」 「傷ついて、壊れるのは仕方ない。でも日本語はおかしいと思いません?失う、なんて。お姉さんだって、今日で今までのこと全部『失った』わけじゃないでしょ?」 「クサいこと言うのね。でも、なるほど。じゃあ失恋記念日っていうのは、やめることにする。」 「それにもう、今日は、誕生日ですよ。」 「え?」 言われて時計を見ると、ちょうど針は零時をまわったところだった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加