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カタカタカタと軽いタイプ音に続き、カーソルが急かされるように追われ、白い画面に文字を刻んでいく。目がチカチカしてきて、眼鏡の内側に指先を滑り込ませ目頭を押さえた。
一服と背を伸ばす。だだっ広いオフィスの三分の一。前も後ろも、照明が落とされ沈黙している。
静まり切った夜のオフィスに生息しているのはたったふたり。
突然部長から「大至急頼む」と仕事が回ってきたのは夕方の五時だった。頼まれたのは、データ入力。しかも、その入力したものから必要な材料や部品を選び、かぞえ、見積もりを作るところまで。
コンビニ程度の規模ならばいざ知らず、回ってきた資料を見れば建物は観光ホテル。地下三階、地上十八階建て。とても一時間で片付けられる仕事量じゃない。朝一でスタートしても一日は掛かってしまうだろう代物。
「これを明日の午後一に持ってくって、部長も無茶言いますね」
隣のデスクから成富が憤る風でもなく言った。
巻き込まれたくない人間たちが何も聞こえない振りをしているオフィスで、唖然としている俺の横から資料を覗き込み「部長、これ一人じゃ無理っすよ。俺も残業します」と率先して手を挙げてくれた。心持ちの優しい同僚。成富廉。
彼は俺より三歳年下。学生の頃はバスケをしていたと女子社員から聞いたことがある。背が高くスラリとしていて、いつも妙に緩い空気を漂わせている。顔も今時のイケメンってやつか。若い頃はきっともっとチャラチャラしていたことだろう。仕事はテキパキ早いし、有能は有能だと思う。ひとつ気になるのは……。
「ま、俺は急いで帰っても待ってる人間はいないからいいんですけどね」
「助かるよ。今日は早く帰れるって思ってたんだけどな」
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