夜のしじま

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「俺もあと少しで、十二階までは終われるよ」  成富が手を離し椅子を引いて立ち上がった。「んー」と背筋を伸ばす。 「あとちょっとですね。コーヒー買ってきます」  成富が地下から、俺は十八階から取り掛かった。残りは六階。ふたりでやれば一時間くらいで終われるだろう。  成富がオフィスから出て行く。時間は既に九時を回っていた。俺は携帯を出し、幸に十一時くらいには帰れるだろうとメッセージを送ることにした。  ほどなく返ってくるメッセージにはふくふくとした無垢な寝顔の圭太の写真と「頑張ってね」の文字にかわいらしいスタンプ。  首を左右に倒した。  幸はとてもよくできた妻だと思う。俺への気遣いも、息子への愛情も、家のことも完璧。結婚して四年経つけど、家庭に染まらないというか、付き合っていた頃となんら変わりはない。圭太も健康で素直で俺によく懐いて可愛い。金持ちではないけど、平穏で恵まれた幸せな家庭を俺は持ってる。  携帯のホーム画面にはこの前公園に遊びに行った時の写真。笑顔の自撮りスリーショットだ。やっぱり俺は幸せ者だなと改めて思った。  携帯を机の隅に置きながら、ぼんやりとそんな事を考えていると、突然右肩越しに腕が伸びて、コーヒーカップを机に置いた。 「お、サンキュ」  背中が温い。後からくっつくように覆いかぶさってきたのはもちろん成富。  重さに俺の体が前のめりになった。もうコーヒーは成富の手から離れたのに、なかなか退いてくれない。俺は背をぐうっと立て直した。 「コーヒーいただくよ」  カップに手を伸ばし、振り返ろうとして今度は背後から抱きしめられた。カップの中で褐色の液体がタプンと揺れる。 「幸せのお裾分けしてよ」 「え……」
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