夜のしじま

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 身体に回っていた手が俺の顎を掴み、グイと上へ向ける。暗い瞳をした成富と視線がぶつかったと思った瞬間、唇を塞がれた。手にはコーヒー。目の前にはパソコン。データ入力はまだ途中。ここでパソコンにコーヒーを零すわけにはいかない。今までの頑張りが壊れる。何もかも水の泡となる。  動けない状態。身体を激しくよじることも、頭を振ることもできない。  俺はカップを持つ腕に力を入れ、そこに集中した。  成富の男のものとも思えない唇が何度も俺の唇を啄んでくる。いつも感じていた視線。毎日、毎日。その意味を触れ合わせた唇で俺に伝えてくる。  そんなはずじゃない。なんて言葉は出るはずもなかった。否定できない。俺は知っていた。成富の好意も行動も。知っていたのに、見過ごし成富を利用していた?  止まない啄み。息苦しくなってくる。唇を薄く開くと、成富の舌がそっと入ってきた。でも、強引なものとは違い、それはおずおずと優しい動きをする。歯茎を舐められた途端、身体の芯に電気が走った。経験したことのない感触。  身体を拘束する手のひらがそろそろと身体を撫でる。  舌はもっと口内を探り、内側を撫で擦りつけ、俺の唾液を奪った。ちゅるちゅると吸い上げられ、舌同士を擦りつけるたびドンドン甘い唾液が生まれてくる。とろけるような感覚と同時に襲われる目眩。  俺は「はぁ」と吐息を漏らしていた。快感に、圭太の顔が、幸の顔が、両親の笑顔。幸せな家庭。平穏な日々が遠く押し流されていく。  唇を触れ合わせたままの甘噛みにビクンと肌が震える。成富の唇がそっと離れた。目を開けば、潤んだ目で俺を見つめている。 「塩見さん、俺に、あんたを抱かせてよ」  成富の目に曇りはなかった。その目から視線を外すことができない。  俺はコーヒーを机に置いた。  口を開こうとした時、成富が人差し指で唇を塞いだ。 「今は、なにも言わなくていいから」  そしてまた始まる口づけ。  俺は成富の唇を受け、瞼を落とした。 ――今までの頑張りが、幸せが壊れる――  崩れていく。  これで……終わりだ。 完
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