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「……ぇ?」
地響きにも、黒板を引っ掻き回す音にも似た音を立てて立ち上がった先輩に、眼下に広がる住宅地をデッサンしていた僕の鉛筆が、止まる。
「自分にとって本当に必要なものが、必ず手の届く場所にあるとは限らないだろう」
目の前のキャンバスに向かって何度も何度も頷きながら、まるで譫言のようにそれでいて朗々と言葉を紡ぐ先輩。
「手を伸ばせば掴めるかもしれない何かに、キミは期待しないというのかい?」
そんな彼の背に僕はまた声をかける。
「そんなの、所詮妄想じゃないですか」
「妄想でいいんだよ」
背中越しに帰ってきたその声は笑っていた。
「今あるものだけで自分を満たすよりも、ありもしない何かで満たす方がよっぽど素敵じゃぁないか。たとえ空想でも、幻想でも、それで生きていけるなら……その方がいい」
おそらくそれが先輩の信念とか、座右の銘とかいうものなのだろう。確たる思いを感じさせるその言葉に一瞬感動しかけるも、そもそもの話題がマヌケに空を眺め続けることだと思い出した僕は苦笑する。
「で、それが空を眺め続ける事と、どう関係しているんです?」
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