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第1章
仕事帰りのサラリーマンたちで賑わう居酒屋で、中原圭一はある人物を待っていた。
約束を破るような男ではないと知ってはいるが、すでに待ち合わせ時刻を15分ほど過ぎており、圭一の不安を煽る。
……誘うべきではなかったかもしれない。後悔の念が胸をよぎる。
その時、勢いよく店の扉が開きバタバタと駆け込んでくる足音が聞えた。
振り向いた圭一の視線の先に待ち人がいた。
「遅れて悪いな。帰り際に部長に呼び止められちゃってさ」
高沢孝太は少し息を切ら せながら、圭一の目の前に立った。
「俺もさっき来たところだから」
「ならいいんだけど」
圭一に座るよう促されるまま向かいの席に腰を下ろした男の顔は、7年という歳月の流れを感じさせない。
「中原、何飲んでんの? 焼酎のウーロン割か。俺はとりあえずビールにしよっかな」
高沢はすみません、とよく通る声で店員を呼び止め、ビールとつまみを何点か注文した。
ふうと息を吐き椅子に深く腰掛け直した高沢は、息苦しいと言わんばかりにネクタイの結び目に手をかけて少し緩める。
ここまで走ってきたのだろうか、額にうっすら汗が滲んでいる。
圭一の視線に気付いたのか、微笑みを浮かべて高沢が見返した。
明るく快活な好青年といった雰囲気もあの頃と全く変わっていない。圭一は懐かしさに思わず目を細めた。
「久しぶりだな。また会えるとは思わなかった」
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