第5部 Last Piece [現在]

11/15
前へ
/344ページ
次へ
[58. 覚醒] 「オーバーブルームについてお知りになりたいと聞きました」 山崎隊の特別室に招いた神代さんは、記憶の中と同じ穏やかな瞳で僕を見つめた。 「乾様からは全ての情報を山崎様へ渡すようにと言われました。ですが、この資料の中には乾隊のA級ランクにあたる極秘情報も含まれています。どうか山崎様以外の方にはお見せになりませんようご配慮下さい」 そう言って一冊のファイルを応接テーブルの上へと差し出す。 「はい。決して他の人に見せるようなことはしません」 「ありがとうございます」 渡された資料にざっと目を通す。最初の3分の1ほどは研修で教えられた部分だが、残りの3分の2は初めて目にする内容だった。 「幾つか質問させて下さい」 「はい」 「この学園でオーバーブルームに関して最も情報を持っているのは乾隊だと、我が隊の交渉部長から聞きました。乾財閥がオーバーブルームを作り上げたと噂されるくらいだから、と。それは本当ですか?」 「各親衛隊では自分達の情報網を使ってそれぞれにオーバーブルームの利用法や教育法などについて情報を手に入れます。ですが、オーバーブルームという存在自体が(おおやけ)にされているものではありませんから、親衛隊によって得られる情報量には大きな差があります。……寺田君が言うように、オーバーブルームの理論や実践データに関して最も多くの情報量を持っているのは乾財閥だと思います」 オーバーブルームの始まりは、明治初期、当時の日本政府が日清戦争で清国及び西欧列強との情報線を繰り広げた時代に遡る。戦争を利用し軍部の背後でその力を拡大していった日本の財閥群は、この当時、オーバーブルームを始め、心理操作や脳科学分野に関する様々な実験や臨床研究を行ったとされている。 「オーバーブルームを最も必要とする者達は誰でしょうか?」 僕は質問を続ける。 「敵またはライバルの情報を得たいと望む組織および個人全てに、オーバーブルームは必要とされます。……ですが、その中で最も利用価値が高いと考えられるのは、やはり政治と経済の世界でしょう」 政治と経済――すなわち、国家および財閥。 「では、この国で最も優れたオーバーブルームを(よう)する組織はどこだと思いますか?」 「……内閣情報調査室、あるいは、乾ホールディングス、でしょう」 杉下が自らの親衛隊を作ろうとしている事を知ってから、僕はその意味を考え続けていた。 僕に似た人物像を作り上げ、僕と同じ守護対象者の地位を手に入れようとする杉下。そして、彼にその任務を与えた黒幕の狙い……。 (「目障りだから、さっさとあんたを消しちゃいたかったんだけど、なかなか尻尾を掴ませてくれないからさぁ。思ったより時間が掛かっちゃったよ~」) あの時、乾様に取り入るために僕という存在が邪魔だったのだと思っていた。だから、僕を乾様から引き剥がし、権力を失わせ、海聖学園から追い出したのだと。 僕だけでなく杉下自身もそう思っていたはずだ。僕を忌み嫌うように吐き捨てた台詞は、如実にそれを物語っていた。 だが、杉下の背後にいる者の真の目的が別だったとしたら……? 「オーバーブルームの最高ランク"トリプルA"に該当する人間は、どの位いると思いますか?」 「オーバーブルーム自体が特殊な秘された存在なので、国内のあらゆる組織を合わせても、その総数は数百名程度だと思います。……さらにその中からトリプルAが出る確率は1万人に1人――つまり、トリプルAはほぼ存在しないと考えていいでしょう」 確かに杉下はトリプルAは自分だけだと言った。 ――ただ一人、この僕を除いては。 「……山崎様はオーバーブルームの教育を受けられた事があるのですか?」 神代さんがそう判断するのは当然のことだろう。僕が尋ねた内容は、オーバーブルームに関する知識を持つ者でなければできない質問だった。 「はい」 僕は神代さんに対して嘘偽りを言うつもりはなかった。彼は、かつて乾隊侍従部の中で孤立していた僕を受け入れ、正しい道へ導こうとしてくれた唯一の人だった。 「共鳴型のトリプルAと診断されました」 神代先輩が小さく息を飲む。 「そんな……まさか……!」 目を大きく見開き、動揺した様子で首を横に振る。 「駄目です!……そんな事を口にされては……もしも誰かに聞かれでもしたら」 あの時、貴方と乾様は僕を守ろうとしてくれた。僕には何も告げぬまま、全ての記録とデータを葬り去って。 「オーバーブルームの能力を狙う者達からすれば、僕は、喉から手が出るほど欲しい存在なんですね」 バラバラだったピースが繋がり合い、その姿を現そうとしていた。 あの頃の僕は、自分が持つ力の意味を理解していなかった。あまりにも無知なまま、坂上部長と奈良部長の言葉に従い、その力を乱用する事で悪魔を呼び寄せてしまった。 杉下の背後にいる黒幕は、僕を手に入れようとしたのだ。 学園外の人間に手を掛け、死者を出すほどの杉下の暴挙を許した事にも理由があった。支えとなる両親を失い、姉を人質として生された僕が、闇の組織の手中から逃れる事ができぬようにと。 「もう既に、どこかの組織が山崎様の存在に気づいているかもしれません」 表情を曇らせながら、神代さんが言う。 「何故そう思われるんですか?」 「山崎様の能力をお聞きして、今まで不思議に思っていた事に納得がいったからです」 いったん言葉を切った後、目を伏せ、考えをまとめるようにしながら話を続ける。 「山崎様は、外部入学後すぐに逃走ゲームのターゲットになられたにもかかわらず、親衛隊も無いままゲームをクリアされました。これは学園始まって以来初めての事です。……また貴方は、出会って数か月で室井様や西城様からの協力を得て親衛隊間での連携に成功されただけでなく、西城様との間に異例の公的パートナー関係までも結ばれました。……そして今や、守護対象者上位の方々がこぞって山崎様に味方しようとされています。互いに敵対関係にあるはずの守護対象者の方達がこれほど巨大な親衛隊連合を組み、学園の改革に乗り出そうとされるなんて、本来あり得ない事なんです。……さらには、現体制維持派の(ゆう)であった乾様までが、これまでの立場を変えて、貴方や西城様が押し進める生徒会改革を支持しようとされています……」 あの時と同じように、杉下は僕に成り代わろうとしている。 既存の権力者達にとって、守護対象者達の心を惑わし、海聖学園を変えようとする僕の存在は目障りなものでしかない。 彼らは、僕を蹴落とし、改革を望む守護対象者達の志を砕いた(のち)、学園から追放された僕を捕らえオーバーブルームとして利用しようとしているのだ。 「最後にもう一つ教えて下さい」 僕の声に、神代さんが顔を上げる。 「もしも、劇場型と共鳴型のトリプルAが同時に存在したとしたら、どちらの能力がより優れていると思いますか?」 僕の問い掛けに対して、今日初めて神代さんが躊躇を見せる。 「……理論的には、劇場型の方がより効率的に成功を収められると言われています。共鳴型のデータはほとんどないので明確な答えは出せませんが……どちらがより優れているかというのなら、共鳴型の方が上だと私は思います」 「その理由は?」 「どちらのオーバーブルームも目的は同じ――相手の心を奪う事です。そして、劇場型がその手段として"偽り"を使うのに対し、共鳴型は"真実"を用います。……だとすれば、対象者の心をより強く捉えるのは、真実に根ざした心の共振だと思います」 対象者の心に寄り添い、深層まで入り込み、互いの心に移入(エンパシー)を起こす。 それが、共鳴型オーバーブルームの力……。
/344ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1186人が本棚に入れています
本棚に追加