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【2】稜角
レストランのウェイトレスが、追加の飲み物を確認しにきた。カマーベストの似合う、小柄な、美しい黒髪の女性だ。ワインリストから、赤ワインの、多少 非日常的なワインをお願いしたい旨を伝えた。それとミネラルウォーター。たぶん二人ともそれほど強いわけじゃない。
「今日は、何かのお祝いでございますか。」
「いや…、祝うには早い。これで最後、ということではないよ。一区切り、といったところかな。ありがとう。ここは いい店だ。」
「恐れ入ります。ありがとうございます。グラスを持って参ります。」
”彼女”が、席へ戻っていた。
『申し訳ありません。仕事の電話で。』
店を出ると、小雨が降っていた。予報外れの突然の雨。
珍しく困った様子の彼女を見て、私は鞄から黒い折りたたみ傘を出した。
軽い酔いも相まって笑顔を向け「酔いざましに少し歩こう。」と、その肩を引き寄せた。
彼女が雨に濡れないように。
少しの抵抗。驚いたようだったが、控えめに彼女はこくりと頷いた。
わずか彼女の重みを胸に感じながら、私は このまま 時が止まってしまえばいいと思った。
雨は、急に大粒の雨となり、そんな願いとはうらはらに背広の片側だけが瞬く間に色を濃くしていく。街のネオンを反射しながら、石畳を打つようになった。煙る雨をぼんやりと見て、ふいに手を外す。と、彼女のやわらかな白い手が、二の腕の布地をきゅっと掴み直した。
『 雨宿り… しませんか。』
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