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【1】distance
新しく設立するオフィスに、足繁く通った。なんやかんやのメールをして電話をして、そして実際に現地にも出向いた。ただ、ずっとそちらへ行っているわけにもいかなくて。
遠隔地からお願いすることは本当に細々としてまとまりがなく、年上の彼女にそれを頼むには申し訳がなかった。
が、結局のところ毎日というほどに連絡事項は絶えずにあった。
”彼女”は、小さなお願いを、面倒がらずに引き受け叶えてくれる。
感謝する以外になかった。急な増設と言っても何ヶ月の期間での話。
御礼は、本来ならば、金銭で支払うべきところとはいえ、曖昧な関係の私達で、それではあまりにもあからさまだった。そういう事情もあって、代わりに、私は彼女を何度かの食事に誘った。
せっかくだから少し快適なディナーを味わってもらうことにしようと、新支店の土地にいる知り合いのツテで、いわゆる女子ウケをする、小洒落ていて気軽な流行の店を紹介してもらった。雑誌やテレビ画面によく映えるであろう大きなシャンデリアと半個室に区切られた各ブースは、スワロフスキーのカーテンがキラキラと光っている。
もとより自分自身は、このような眩しい場所には不釣り合いだと、心のどこかで居心地の悪さは禁じ得ない。そういうキャラじゃない。
しかしそれでも、なんとか格好をつけたかった。
彼女には、紳士で器の大きな男と、背伸びをしてでも思われたい、と思った。
眩しい場所で生きていけるような男である、と。
彼女のいるに相応しい、明るく澄んだ空の下で。
そんな風に、つい、陽の下を歩くいいひとを演じているうちに、本当にいいひとになってしまいそうだった。
彼女は、私の真実の姿を知らない。
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