皇帝の血 1

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皇帝の血 1

 帝国の英雄として、常に最前線で剣を振るっているニール・ティアニーが、まだ皇子と呼ばれていた二十年前。  五歳の冬の始めだった。  ニールは、ふわふわの綿と手触りの良い毛足の長い布で出来た、唯一の友達であるクマのぬいぐるみ、ニッキーを抱えて後宮を散歩していた。  中庭にある庭園の木々に茂っていた葉が、はらはらと風もないのにちぎれて飛び、綺麗に掃除された廊下に模様をつけている。  心配性のばあやの目を盗んで寝所を抜け出し、ひっそりと静まりかえった後宮を散歩するのが、ニールの密やかな楽しみだった。  誰の目にもとまらない、静かで神聖な空気の中で一人、靴音を響かせて歩いていると特別な気分になる。 「ねえ、ニッキー。覚えているかな?」  一抱えほどあるクマのぬいぐるみは、五歳の誕生日にもらった。  母と旧知の仲であるという軍人、ユーリから贈られたもので、ニールが初めて他人からもらった贈り物でもあった。  あまりにも嬉しくて、お風呂の時以外はずっと、どこへ行くにも連れ回している。  そのせいで、ニッキーは一年も経っていないのに、あちこちがすり切れていた。 「綺麗なお兄さん、どこにいるのかな?」     
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