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トイレの暗がり
ノブを掴み、そろりと回す。少しだけ扉を開き、個室の中にちゃんと明りが灯っているのを確認してから扉を全開にした。
トイレに入るのにどうしてこんなまどろっこしいドアの開け方をするのか。人が見ていたらそう言われそうだけれど、これにはちゃんと訳がある。
以前、急な腹痛で慌ててトイレに駆け込もうとしたことがある。
いつもの流れで電灯のスイッチを押し、勢いよく扉を開けたら、トイレの中は真っ暗だった。
点けっぱなしだったの電灯を逆に消してしまったのか。そう思い、再びスイッチに手を伸ばした時、暗がりの中、便座に人が座っているのが見えた。
独り暮らしの家だ。俺以外誰かいる筈がないし、施錠もしっかりしている。それでもトイレには人がいて、便座に腰かけてこちらを見ていた。
反射でドアを閉めたが、確認せずはいられれない。だから電灯をつけ、俺はおそるおそるトイレのドアをもう一度開けた。
そこには誰もいなかった。
何かの見間違いか気のせいだろうと、その時は人が家を見たこと自体をスルーしたけれど、以降、電気をつけ忘れた時に限って同じモノを見てしまい、それから俺は、トイレのドアを開ける時、とんでもなく慎重に行動するようになったのだ。
まず入る前に、電灯のスイッチがオンになっているかを確かめる。その後は少しずつ扉を開き、中に明かりが灯っているかを確かめる。その両方をクリアして、ようやくトイレに入ることができる。
友達にはこのことは言ってない。ひやかしで訪ねて来られても困るし、引っ越せよなんて軽々しいアドバイスに従える程、懐に余裕がある訳でもないからな。
それでも最初にあの人影を見てからは、引っ越しはちゃんと視野に入れてるよ。だから今、少しずつだけど資金を溜めている最中だし。
でも本当に少しずつしか溜められないから、今の俺の最大の願いは、引っ越し資金が溜まるまで、トイレの電灯よ切れないでくれ、だ。
トイレの暗がり…完
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