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「桜ちゃん、休憩に入っていいよ。」
マスターが桜にだけ聞こえるようにそっと囁き、テーブルに桜のコーヒーを置いてくれた。
このまま伊勢谷の会話に付き合ってあげて欲しいと言うサインだろう。
「君の妹さんには、本当は理系に進んで欲しい。そうじゃないと、もったいないと思う。あれだけ真面目にコツコツと物事に取り組めるタイプだから、将来、何かひとつのことを突き詰めて研究したらいいのにと思う。」
「伊勢谷ちゃんがそうやって話したら、きっと菫ちゃんは信じてその道を選びますよ。」
だって、菫ちゃんにとって初めて出来た好きな人だから。好きな人の言うことは信じたいと思うものだ。
「それも本当に口にしていいのか、簡単に答えはでない。生きていて後悔しないことなんてないけど、後悔はさせたくないとは思う。」
伊勢谷先生がそこまで一人一人の先のことを思っていることに、桜は菫にこの人の思いを伝えたいとすら思った。
でも、ここで自分が出しゃばることは間違っている。伊勢谷先生が自分に話してくれたのは、誰にも公言しないと信じてくれたからだ。
「俺も随分話させてもらってし、ここからは君の話の番だよ。最近、顔の雰囲気が変わったね。前よりたくましくなったような感じ。」
「たくましいって……それ、褒めてますか?」
「褒めてるつもり。」
そう言って、伊勢谷はいつも通りのクールな笑みを見せた。
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