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俺が彼女のことを知ったのは、入学式の時。
猛と二人で、下駄箱に張り出されたクラス名簿の掲示を眺めていた時だ。
「ねえ、成海。神谷桜って、塾で一緒だったあの神谷かな?」
猛がクラス名簿を指差した。
「あー……そうかも。」
つい嫌そうな返答になってしまった。知っているやつらから逃げ出したくて、逃げ出して一からやり直したくて、知り合いのいない学校を選んだのに。
自分勝手で我儘だったあの頃に、簡単に決別なんてできないけど、それでも誰かのために一生懸命になりたかったし、そういう人に憧れていた。
塾で一緒だった神谷桜に悪い印象はひとつもない。笑顔が可愛くて、ちょっと不安げな瞳とか控えめな性格とか、男なら守りたくなるそんな印象の女の子だった。
「もう桜!泣きそうな顔をしないでよ。隣のクラスなんだし、いつでも会いに来たらいいじゃん。」
俺の隣でそんな神谷桜を鼓舞する女の子がいる。
少し内に巻いたボブヘアー。色白の肌にほっそりとした手と足。顔はよくよく見たら、神谷に似ていないこともない。
でも、彼女の方が凛としといて綺麗だった。
「同じクラスに中学校の時の友達が一人もいないんだよ。上手くやっていけるかな……。」
半べそをかいている神谷の手を彼女はきゅっと握りしめた。
「大丈夫。桜なら微笑んでいたら、自然と人が集まって友達ができるよ。」
「ありがとう、菫ちゃん。そう言えば、菫ちゃんは知っている子で同じクラスの子はいた?」
「あ、自分のクラス名簿、見るの忘れてた。」
そう言って名簿を見る彼女の足は、微かに震えている。
自分だって不安だろうに。高校なんて、聞いたことのないような中学校のやつも紛れていたりするのに。
それなのに先に他人の世話を焼いて心配をするなんて。
なぜだか俺はそんな彼女の横顔から目が離せなくなっていた。
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