番外編 ほっとけない人

2/6
前へ
/748ページ
次へ
俺が彼女のことを知ったのは、入学式の時。 猛と二人で、下駄箱に張り出されたクラス名簿の掲示を眺めていた時だ。 「ねえ、成海。神谷桜って、塾で一緒だったあの神谷かな?」 猛がクラス名簿を指差した。 「あー……そうかも。」 つい嫌そうな返答になってしまった。知っているやつらから逃げ出したくて、逃げ出して一からやり直したくて、知り合いのいない学校を選んだのに。 自分勝手で我儘だったあの頃に、簡単に決別なんてできないけど、それでも誰かのために一生懸命になりたかったし、そういう人に憧れていた。 塾で一緒だった神谷桜に悪い印象はひとつもない。笑顔が可愛くて、ちょっと不安げな瞳とか控えめな性格とか、男なら守りたくなるそんな印象の女の子だった。 「もう桜!泣きそうな顔をしないでよ。隣のクラスなんだし、いつでも会いに来たらいいじゃん。」 俺の隣でそんな神谷桜を鼓舞する女の子がいる。 少し内に巻いたボブヘアー。色白の肌にほっそりとした手と足。顔はよくよく見たら、神谷に似ていないこともない。 でも、彼女の方が凛としといて綺麗だった。 「同じクラスに中学校の時の友達が一人もいないんだよ。上手くやっていけるかな……。」 半べそをかいている神谷の手を彼女はきゅっと握りしめた。 「大丈夫。桜なら微笑んでいたら、自然と人が集まって友達ができるよ。」 「ありがとう、菫ちゃん。そう言えば、菫ちゃんは知っている子で同じクラスの子はいた?」 「あ、自分のクラス名簿、見るの忘れてた。」 そう言って名簿を見る彼女の足は、微かに震えている。 自分だって不安だろうに。高校なんて、聞いたことのないような中学校のやつも紛れていたりするのに。 それなのに先に他人の世話を焼いて心配をするなんて。 なぜだか俺はそんな彼女の横顔から目が離せなくなっていた。
/748ページ

最初のコメントを投稿しよう!

620人が本棚に入れています
本棚に追加