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「渡瀬怜……ってお前、野球部エースの渡瀬か?!」
「そだよ」
にかっと笑う顔をもう一度凝視し、何故自分がどこかで見た事あると思ったのか、理由が漸く分かった。
---短かった春休み中、勉強しながらテレビで流れていた、高校野球選抜大会を横目で見た時と同じ顔が目の前にあった。
「もしかして、僕の事ほんとに気付いてなかったの?この学校で僕の事知らない奴がいたなんて…あはははは!」
失礼な事なのに前で楽しそうに笑い転げている顔を見ながら、明は罪悪感に襲われる。
「でも何で?もしかして君…選抜大会応援参加しなかったの?」
怜に聞かれ、明は顔を伏せた。
* * *
母校の歴史に今まで無かった 選抜大会出場 という快挙に、学校は全校上げて応援に向かった。
だけど明は参加しなかった。
大して興味が無かったのと、勉強第一の明にとっては応援という名の、小旅行の時間がもったいなかった。
1回戦も2回戦も風邪という口実で学校に連絡を入れた。
進学校としてのもう一つのというより、本道である模試成績記録を打ち立てている明の申し出は、仮病とばれていてもすんなり通った。
だが母親には、「冷たいわね」と叱られた。
テレビの前で「渡瀬君カワイイー!ガンバレー!」と大声出して無邪気に応援している母親の姿を気にしつつ、机に向かっていた。
2回戦目、春の不安定な天候のせいで、4回表から容赦なく降り出した雨の中、黙々と投げているピッチャーの姿に、時折り手を止めて見入っている自分も居た。
野球をしてる者にしたら恵まれていない華奢な体で、必死に雨の中戦っている姿を見て
嘘をついて応援に行かず、参考書広げてる自分に嫌悪を感じながら。
結局7回に雨は上がったが、ぬかるんだグランドに足を取られた内野のエラー絡みの失点で、惜敗してしまった。
応援に行って雨にあたり風邪を引いて、それでも満足そうなクラスメイトの報告を
(行ってたらほんとの風邪を引くところだったな)
と思いながら聞いている自分を、心の何処かでは責めていた。
* * *
「…いや、うん、ごめん。身体壊してて…行ってないんだ」
一瞬にして短い春休みでの出来事を思い返しながら、明は心底気まずそうに小さな声で答えた。
「え?何であやまんの?そうなんだ。来なかったんだ。でも野球はさ、興味無い奴からしたら観ててもつまんないだろうしさ。2回戦ですぐ負けちゃったしな」
えへへ、と笑う怜の顔を見てると、なんだか明は余計に心が痛くなった。怜の言うとおり別にそこまで悪い事をした訳では無いのに。
そんな気持ちを取り繕うように言葉をかけた。
「でも渡瀬……じゃない、レイって言うんだよな。レイってテレビで観るのと全然違うな。ホントに解んなかったよ」
「え?テレビで観てくれてたんだ」
「あ、あぁ少しは」
「アハハハ、君って本当に正直だね。『少し』か」
「あ、ごめん」
「だから謝んなくて良いって。正直なのは良い奴の証拠じゃん」
怜の猫がじゃれてくるような口調と笑顔で、明の気持ちは救われる。
「夏には、絶対応援行くよ」
社交辞令なんかじゃなくて本心から明は言った。
「……あぁ、行ってやってよ」
笑っていた表情を少しずつ変え、怜は口調を変えた。
「いい加減さ」
「何?」
「君の名前も教えてよ」
顔を見合わせてまた二人で笑い合った。
「ごめん、俺は今更はじめましてだけど、渡部 明(ワタベアキラ)」
「ふーん、アキラか。よろしくアキラ」
「名字は一字違いだな。ワタベとワタセ」
「ちょっとややこしいな」
「だから下の名前でいいじゃん」
「そだな」
初対面の相手をいきなり下の名前で呼ぶのは明自身くすぐったい感じがして抵抗あったが、怜の言う通り似かよった名字を呼び合うより、名前で呼び合う方が良いと素直に思う。
「でもさ、レイって学校中の有名人で人気もあるだろうし。友達居ないって嘘だろ?」
明は心の中の純粋な疑問を聞いてみる。
「ほんとだよ。僕をファンだって言って慕ってくれる人達はたくさん居るけど……友達は一人も居ないよ」
「同じ野球部の奴等は?」
「このクラスには居ないけど、どっちにしてもあいつらは 仲間 だよ」
仲間と友達の違いが明には解らなかったが、怜の言い切った言葉で、妙に納得してしまった。
「今までの子供のときからの幼なじみや、地元のダチは?」
「うーーーん。知り合いやライバルはいても、やっぱり友達は居ない。ずっと居なかった」
「え?何で?」
「何でって……ピッチャーは孤独な生き物だからね」
怜は初めて振り向いた時の、にやり笑いを浮かべている。
「何だそりゃ?それなら、何で今になって急に友達が要るんだよ?」
「それは……その生き物としての僕は、死んでしまったからさ」
また新たな疑問が出来、次に質問をしようとしたとき、担任が入って来て明の言葉は遮られた。
明にはその言葉の意味は理解できなかったまま、新しいクラスでの最初の授業が始まった。
HRでの色々な出来事や、初対面のクラスメイトや相川達との会話で明の心の中で気にかかってた言葉もかき消されてた。
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