ある酒場から・1

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 流れ者の多いこの町で、人がひとりふたり死んだところで世の中に大きな影響もないし、この町の治安がこれ以上悪くなることもない、というのが、どうやらお上の考えらしかった。だから最初から役人もいない。開拓者の町なのである。国は自由な新地開拓を認めたが、決して多くの援助は行わなかった。月に一度ぐらいは隣町から役人が視察に来るが、その時に多少変な輩を見かけても、余程のことでなければ問題にならない。これで目をつむってくださいよ、と、いくらか握らせておけば万事解決の、だから、この町はロクデナシばかりで愛しい町だよと男たちは酒を飲んで笑っている。 「これだけ酒代として置いていくよ。あと足りない分は、その"切り裂き撃ち"の銃を売っ払って作ってくれ」 葬儀屋を頼むに十分すぎる額を受け取った店主は、黙って頷くと、カウンターにグラスを置いてウィスキーを注いだ。今度こそ凄みのかけらもない無邪気な笑顔で青年は店主を見上げると、これも黙ってカウンターに座りなおす。瞬間、わっと客が青年を取り囲み、一斉に囃し立て始めた。一方で死体を見下して文句を言う者、自分の酒をとりに行く者、女を誘って二階に上がろうとする者、それぞれの思うままの時間が再開される。  酔っぱらって肩を叩いたりしてくる他の客をてきとうにあしらいながら、青年がグラスを傾けた時である。酒場に、下卑た男の声が響いた。 「なんだぁ、チビ!道にでも迷ったか?」 男は酒場の常連で、二軒先の雑貨屋を経営しているトントールという。声も外見も下品だが面倒見のいい男で、そういう男の声であったから、皆、首を伸ばして声のした方を振り返った。     
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