ある酒場から・1

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突然に、汚く口髭を生やした敗者がカウンターを叩いて喚き立てた。髪もマントも埃にまみれ、酒と煙草と火薬と土の臭いをまき散らす、どこから見ても旅人であった。それも、路銀に困窮し、たまたま見つけた酒場でなけなしの金をかき集めて起死回生をはかり博打に出るという、投げやりで考えなしの愚かな旅人であった。 「俺は、はるか西、暗闇の森を抜けてここまで生き抜いてきた冒険者だぞ!あの"切り裂きデルーガ"も、俺が突き出したんだ!!」 観客を味方につけんと、派手な身振り手振りを加えながら語る旅人に、ひとりの客がこたえた。この客は先ほどのゲームで、旅人が勝つ方に賭けていた中年男である。 「切り裂きデルーガと言ったら、あの高額賞金首じゃないか!」 「おお、知っているか!」 得たりとばかりに中年の男に歩み寄る口髭の旅人は胡散臭い笑顔を顔に貼り付けた。この観客は、口髭の言うことを信じている様子である。"切り裂きデルーガ"――この凶悪犯の名は、凄惨な事件のあらましとともによく知られていた。     
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