13/19
前へ
/1769ページ
次へ
 しかしギリギリで男は耐えた。男はただの運の悪いギャンブラーで、やっと稼いだ小金で酒を飲むことと、その酒で得た勢いで弱者に絡むか愚痴を言うことしか能のない臆病者である。喧嘩の経験はあるが、ほとんど勝たない。腰のダガーは実家を出るときに拝借してきたもので、その柄に手をかけるまでは反射で体が動いたが、この卑怯者には珍しく理性がそれを抑えた。  視界の奥に転がっている、旅人の死体。同じ轍を踏むわけにはいかないとグッとこらえた、これが男の能力の限界であったろう。おかげで彼は命拾いをした。  すわ、と息をのんだ人々も、ひとつ胸をなでおろす。間近で黙っていた店主も安堵した。ここでまた死体が増えるのは勘弁願いたい。だが、それにしても。店主は年老いて伸びた眉毛の下からキッドの存外に整った横顔をうかがい見た。それにしても、あの凄みはなんだ。先刻といい、今といい、大の男がああまで怯えるほどの。あのヘーゼル・グリーンの瞳が発するプレッシャーはどういうわけだ。その目だけで人を射殺せそうなほどの鋭さで、不気味に穏やかで、それは朝陽が昇る直前の、世界の緊張感に似ていた。  相手に争う意思がなくなったことを認めて、キッドは微笑した。 「おっさん、今度は青ざめてるぜ。酔いがさめた?いいことだ。あんたは話の大事をすっかり聞き逃していた。勇気ある少女の姿を少しも見ちゃいなかった。ぜんぶ酒のせいってなら、もう飲むのはやめなよ、坊や」     
/1769ページ

最初のコメントを投稿しよう!

198人が本棚に入れています
本棚に追加